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脇腹のひとつやふたつ気にするな

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

「そんな馬鹿な……」


 怪物の「顎」に食い千切られた。

 左わき腹からドクドクと出血を起こしながら、キンシは違和感について考えずにはいられないでいた。


「おかしいです……! 怪物さんには歯があるわけないのに、どうして、どうして僕はいま、お腹を食い千切られたのでしょう?」


 未知の体験に戸惑っている。

 脇腹の損傷も、少なくとも笑いごとで済まされる程度の領域を優に超えている。


「これはどういうことでしょうか! もう一度検証をしなくてはなりませんよ!」


 だがその緑色をした瞳は、それ以上の好奇心にキラキラときらめいている。

 そのまま放置しておけば、怪我の具合を無視して跳び上がらんばかりの勢いを内蔵していた。


「それではさっそく!」


「まちなさい」


 跳び上がろうとしたキンシのどたまを、メイの白い指が軽くチョップしていた。


「いてっ」


 あからさまに脇腹の負傷よりも軽い攻撃に、キンシは敏感に反応を示していた。

 跳び上がるとまでは行かずとも、静々と体を起こしているキンシに、メイは少し冷めた目線を送っている。


「いまはそれどころじゃないでしょう? まずは、なによりも……」


「ええ、分かってます、分かってますとも」


 よろよろと立ちあがりながら、キンシはその脳みそにいくらかの冷静さを取り戻していた。

 

「戦いの途中でしたね、まずはあの方を殺してさしあげないと」


 魔法使いとしての役割を思い出しながら、痛む左わき腹を抱えている。


「ですが、こちらの損傷もかなり……」


 直立をしようとした所で、怪物に噛み千切られた左わき腹が急速に痛みを主張し始めている。

 ドクドクと心臓が鼓動するのに合わせて、傷口から伝達する痛覚が刻々と存在感を増している。


 左わき腹を食い千切られた、この傷の深さで再び魔法を使うことができるだろうか?

 キンシは胸に不安を抱く。


 魔法使いの少女が不安を覚えている。

 その視線の先で、怪物は肉と骨を蠢かせていた。


 薄桃色のマシュマロのような肉からはみ出ている黒い骨格は、今や冬虫夏草のように元の肉体を完全に支配しているようだった。


 人間の頭蓋骨に類似した謎の器官、「顎」と思わしき部分。

 そこにはキンシの左わき腹から食い千切ったばかりの、肉体の一部分が付着したままになっている。


 肉の欠片、ワイシャツの布地は血液と雨水にずぶ濡れになり、元の白さを完全に失っている。

 血のしたたる肉片をもごもごと()んでいる。


 飲み込むわけでもなく、ただ肉と布の残骸を味のしなくなったミントガムのように噛み続けている。

 かすむ視界で怪物の様子を見上げながら、キンシは攻撃の意識を心の中に取り戻そうとしていた。


「へたに近付くとあの顎にまた食い千切られそうですね……」


 ガチンガチンと上下に動き続ける。

 顎の動きを凝視しながら、キンシは痛む脇腹を抱えながら魔法を使おうとしている。


 だが魔法のために意識を動かすということは、体内に含まれている魔力、血液を多く循環させること。

 傷口が凝固していないうちから、血液が鼓動に合わせて漏出をし続けている。


 その状態で、魔法を使うのは生命活動に危機を及ばせる可能性があった。


「使えたとしても、一回、ひとっとびが限界、ですかね」


 こちら側の大きく削がれた体力とは相対を為すかのように、怪物の顎は激しく、せわしなく稼働している。


 キンシが次の一手に迷っている。

 すると、少女の右隣から話しかける気配が聞こえてきた。


「先生」


 視線を動かすと、そこにはトゥーイが立っていた。

 青年の紫色をした瞳がジッと見つめている。


 視線を向けたままで、トゥーイはキンシにそっと耳打ちをしている。

 話の途中で、キンシは近くに立っているメイをちょいちょい、と呼び寄せている。


「…………」


 ひそひそ、ひそ。

 内緒話をするように、魔法使いたちは怪物を殺すための相談事をしていた。


 ひそり、ひそり、ひそり。

 内緒のやりとりを交わし終えた。

 魔法使いたちは、再び怪物と対峙している。


「上手くいきますかね?」

 

 キンシが不安そうに瞳を揺らめかせている。


「大丈夫なんでしょうか」


「だいじょうぶでも、だいじょうぶじゃなくても、やるしかないのよ」


 魔法少女の不安を、メイはさらりと受け流すようにしている。

 幼い魔女にそうさとされた。

 キンシは口元に笑みをひとつ、作っていた。


「そうですね、その通りなんでしょう」


 確認はそれだけで充分だった。

 後は行動に移すだけ。


「…………ッ」


 瞬間的に短く深く、息を吸い込んだのはトゥーイの呼吸器官だった。

 酸素を取り込み、体内に張り巡らされた血液の流れを早める。


 血の流れが生まれる、そこに生じた熱は魔力と同様の質量であった。

 魔力を発揮しながら、トゥーイは右手のなかに鎖を繰り出していた。


 ビュンビュンと、鎖の端を手元に振り回す。

 西部劇に登場するカウボーイがあやつる縄のように、鎖の端に取り付けられた器具が激しく回転をしている。


 鎖の先端に取り付けられている、ひし形を立体ににしたような器具が、回転とともに激しく風を切っている。

 振り回しながら、狙いを定める。


 トゥーイが鎖の端を怪物に向けて投げる。

 遠心力に加え、魔力によって増幅された速度が、三度怪物の肉を捕らえいてた。


 しかしながら今回の場合は怪物の肉体のなかでも、マシュマロの柔らかさからはみ出ている黒い骨、そこに集中した拘束を成していた。


 胎児の図解のように屈折をしている、猫背の骨が鎖でぐるぐる巻きにされる。

 骨の部分に巻き付けた鎖、トゥーイはその姿を繋がっているもう片方の端にて実感している。


 トゥーイの体と怪物の肉体が、鎖という媒介を通じて繋がり合っている。

 そのことを意識する。


 想像の熱が冷めないうちに、トゥーイは鎖の端を右の手で強く握りしめていた。

 握力の内側、手の平に血液の熱が巡る。


 血と共に魔力が巡る、トゥーイは鎖に己の魔力を強く、深く籠めていた。


 鎖に巡る。

 魔力はさながら血管を通過する血液のように巡る。


 鎖、金属の連続体に伝達する。

 怪物めがけて、トゥーイはその肉と骨の塊に己の魔力をたっぷり流し込んでいた。


 バリバリッ! バルリリリッ!!

 電流のような激しさが明滅する。


「!AAAAA あーァぁ亜  ぁ」


 薄紫色に輝く雷撃が、怪物の肉と骨に震動する。

 鎖によって青年と繋がり合っている、怪物の肉体が電流に打ち震えていた。

 

「-! -- ---!」


 怪物の肉体が電撃に焦がされている。

 激しい雷鳴のなか。

 トゥーイの首元に巻き付けてある発声補助装置から、警告音のようなものが発せられている。


 それは合図の音だった。

 ピイピイ! と小鳥のように鳴く。

 首輪の音色を耳にした、メイが手元に武器を構えていた。


「すぅー……、はぁー……」


 メイは両手に武器を構える。

 リボルバーの拳銃のような造形がなされている、それは魔力を撃ち出すための魔法の武器の一種であった。

 

 呼吸をいくらか繰り返した後に、メイは狙いを済ませる。

 銃口の狙うべき対象は決まりきっていた。


 怪物めがけて銃撃を行おうとしている。

 今は、トゥーイが鎖と電撃によって怪物の肉を捕らえ続けている。


 動きが鈍っている、狙いを済ますにはちょうど良い頃合いである。


「……ッ!」


 決まりきったことを起こすだけ。

 ただそれだけのこと、なのにメイは緊張を己の肉体から拭い落とせないでいる。


 まるでコンロにこびり付くしつこい油汚れのように、緊張の震えがメイの指先にまとわりついていた。


 震える照準。

 そこに、メイに向けて誰かがささやきかけていた。


「お手伝い、しましょうか?」


 それは男の声だった。

 魔女の記憶が確かならば、シイニという名の自転車の姿をした彼の声であるはずだった。

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