泣いたのに変われない
ご覧になってくださり、ありがとうございます
ブクマが減って悲しみです。
キンシが立ち上がる。つい先ほどまで、怪物から食らわされた突進のダメージを感じさせぬほどに激しく立ち上がっていた。
ブーツで地面を強く踏みしめる。ふみ潰すかのような勢いで地面を蹴り上げる。
その動作のなかで、キンシは再び己の肉体に魔力を巡らせていた。
次にブーツが振り落とされる、その時には靴底はすでに地面に身を預けることをしなかった。
あるべき形の重力に逆らっている。キンシは無重力のなかで、落ちる方角を頭の中で定めている。
怪物の肉が浮かんでいる場所。メイの撃った弾によって軌道を大きく反らされた、肉体は状況を理解できないままで、虚空にただ漂っているように見える。
薄い桃色をしている、マシュマロの一粒のような肉の塊。
キンシはそれめがけて、体が落ちる方向をまっすぐ伸ばしている。
落ちていく最中で、キンシは腕の中に武器の存在を強く意識した。
槍のような造形をしている、魔法のための武器を構える。
その穂先、刃が光る部分を怪物の肉めがけて固定する。
狙いを済ます、刃が怪物の肉に触れ合う。
触れた端、瞬間から刃は肉をいとも容易く、深く抉っていた。
シャク、シャク、シャクリ。
果実をかじるかのような音、それは刃物によって肉が切り取られる音色であった。
腕の中に肉の重みを、質量を感じた。
キンシはそこでためらいを感じるよりも先に、強い快感をもって武器を大きく薙いでいた。
下に刺し込んだ刃を上に、重たいものをてこで動かすかのように持ち上げる。
刺突された刃は怪物の肉を噛み続け、その肉体に縦長の大きな切れ込みを刻みつけていた。
怪物が悲鳴をあげる。
「 きゃ ァァァ あー あー あA-」
マシュマロのようなボディの、側面に開かれている円形の捕食器官。
そこから、黒板を指で引っ掻いたかのような悲鳴が発せられていた。
切り裂かれた場所から血液があふれだす。
最初の瞬間はだしの染みた大根のように、やんわりと。
しかしてものの一秒で、勢いはオレンジを握り潰したかのようなものへと変化する。
ぶぴゅっ、どぱぴゅっ
新鮮な切り傷から、赤色に輝く鮮血が吹き出る。
飛沫はキンシの顔面を濡らす。
被っているフードの表面で、血液のあたたかさと雨水の冷たさが触れ合い、溶け合っている。
怪物の血を浴びている、キンシの姿にメイが叫ぶように話しかけていた。
「やったの?」
戦いの相手が倒れたことを確認する言葉だった。
だがその言葉自体が、むしろ怪物の生命活動の継続を演出するための要因の一つでしかないように思われた。
「いいえ、まだのようです」
体を地面の近くに戻しつつ、地面から少し浮いたままの格好で、キンシはメイの問いかけに返事を寄越している。
顔面、丸いレンズの眼鏡に付着した血を拭うために、キンシは指で眼鏡を外している。
「……まだ、おわっていないの……?」
指で眼鏡を拭っているキンシに、メイがすでに疲労感をにじませた声音で確認をしている。
「ええ、そのようです」
レンズに付着した赤色を雑に拭い取る。
再びそれを顔にかけおしながら、キンシは感覚に抱くままの言葉を口にしている。
「まだ心臓は止まっていません、心臓を破壊しなくては、相手も動きを止めることは無いでしょう」
子猫のような形をしている、黒い聴覚器官を怪物の肉の方に定めている。
そこに拾う音のなかには、まだ怪物の鼓動が聞こえ続けていた。
「でも、あれだけ大きなキズをつけたのだから、あとはもう……」
それでもメイは戦闘の展開が進んだことに、強い期待を寄せている。
幼い魔女の期待は、ある意味では成就したことになるのだろう。
「……あら?」
メイが怪物の様子に違和感を覚えている。
魔女が見上げている先、そこでは怪物の体にあからさまな変化が訪れようとしていた。
「 uu... uuu...... 」
切り裂かれた肉体、そこから何か黒く硬そうな物体が生えようとしていた。
……いや、あれは生えている訳ではないようである。
「なかみから、なにかがこぼれようとしてる……!」
メイが怪物の様子を見上げながら、それに訪れている変化を言葉にしている。
幼い魔女が驚いているように、黒く硬い物質は怪物の内側に隠されていたものであるらしかった。
「なんでしょうね、あれ」
キンシは疑問のような言葉を使いながら、目に見えている事実を己の内側に確かめようとしている。
彼女たちが見上げている先、そこでは鎖に巻き付けられたマシュマロの肉体がみえる。
「トゥーイさん!」
キンシが鎖の持ち主である、トゥーイに指示を出している。
「締め付けをもっと強くできませんかー!」
中身に何かが隠れている、それがあともう少しであらわになろうとしている。
露出にかかる時間が惜しいと言わんばかりに、魔法少女は状況を急かすような指示を出していた。
少女がら頼まれたトゥーイは、今度は首元に巻き付けた発声補助装置から返答を用意していた。
「了解しました」
指示を受け取るや否や、トゥーイは腕のなかで鎖をあやつっていた。
鎖による拘束が強まる、怪物の肉体もそれに合わせて変化を余儀なくされていた。




