生命の樹形図を眺める
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「キンシちゃん!!」
跳ね飛ばされた、魔法使いの少女の体が地面の上に転げ落ちている。
無重力状態に漂っていたキンシの体は、怪物という存在の突進によっていとも容易くその状態を乱されていた。
「ぐ、ぎぎぎぃ……!」
魔力による意識を断絶させられた。
キンシの体は地面の上にぶつかり、転げ回っている。
元の重力に戻されてしまった、雨に濡れるアスファルトの冷たさが、キンシの頬に叩き付けられている。
怪物に突進をされて、道路の上に投げ出された。
メイは少女の名前を叫びながら、武器の構えを解いて彼女の方にかけよろうとしていた。
「だめですっ!」
だがメイの動作を、キンシは地面に横たわったままの格好で制止させている。
近付いてくることを拒んでいた、キンシはその目でまだ怪物の方を見続けていた。
怪物は突進をしてきた、その反動でキンシの体から少し離れた場所に漂っている。
その動きはやはり空中に漂う風船のように、瞬間を切り取ればただただ浮遊をしているようにしか見えない。
だが怪物の周辺に入るものたちは知っていた。
とりわけ怪物の存在を強く意識の内に認めているものは、その肉体がただ凡庸に浮遊している訳ではないことを、すでに十分理解していた。
反動に飛ばされた体で、マシュマロのような怪物はひと時も休むことなく、キンシの体めがけて再びの突進を図ろうとしていた。
「ぁぁぁああー あ アア ァァァー」
力を溜めているかのような動作で、怪物は体に許された捕食器官を開いている。
それはまろやかな円柱の側面、少し窪んでいる円形に口は存在していた。
ぺりぺりと肉の破れる音を発しながら、怪物は捕食器官を開いている。
カップラーメンの蓋を開けたかのような、薄い捕食器官のなかには歯と思わしきものは見受けられなかった。
葉の無い口を開け放ちながら、怪物はよだれを垂らしつつ、獲物に向かって突進をしている。
「AA A あああ あああ Aaa」
再びの唐突さのなかで、怪物の体が獲物……つまりは地面の上に転がり落ちているキンシに襲いかかっていた。
「……っ!」
回避をしようとした、だが間に合わないと思考が一方的に冷酷な報告を告げていた。
キンシはせめてもの反抗として、衝撃にそなえてまぶたを硬く閉じている。
メイが名前を叫ぶよりも先に、まずもって少女の元に駆け寄ろうとしていた。
幼い魔女になにができるかさえも分からないままで、ただキンシのもとに近づこうとしている。
だが彼女が少女のもとに近づくよりも先に、別の影がその場面に介入をしようとしていた。
「 あ きゃ 」
一線が走った、するどい一撃に怪物の体が揺らめいている。
「……あれ?」
危惧した衝撃が訪れなかったことに、キンシがまぶたを開いて不思議そうにしている。
視線をそろりと上に向ける。
緑色の虹彩に、黒く細い影が一筋反射されている。
「あれは」
見上げている先にあるもの、怪物の肉に食い込んでいる。
それは一本の鎖だった。
真っ直ぐ伸びている、鎖の先端に備え付けらられた器具が、怪物の肉に深々と刺しこまれていた。
灰色の金属の鎖、それは魔法の武器の一種であった。
持ち主は誰か、それはキンシにとってすでに知り尽くしている事実であった。
「トゥーイさん」
キンシが、鎖の持ち主である青年の名前を口にしている。
少女が青年の名前を呟く、それと同時に怪物の肉を食んでいる鎖が大きく波打っていた。
ジャラララ、ジャラララ!
鎖の波に合わせて、怪物の肉体が本来の方向性を失っていた。
鎖の端は怪物の肉をしっかりと掴み、ジャラリと波打つ金属の連続がぐるぐると巻き付けられている。
怪物の肉体を捕らえている、鎖のもう片方の端を握りしめているのはトゥーイの腕だった。
手の中で鎖を巧みに操り、トゥーイはぐるぐるに巻き付けた怪物の体を空中に引きずり上げている。
「こ、こぅーuuu kokoko...こ」
さながら引き網漁のような、力強さを両腕に存分に発揮している。
そうしていながら、トゥーイは唇に何かを叫ぼうとしていた。
「!!! b4:g6 11 !!」
しかし青年が実際に喉元から発したのは、とてもこの世界の言語体系に則しているモノとは呼べそうにない。
限りなく雑音に近しい、何処かメロディーのようにも聞こえる、言葉としての意味を見出せない音でしかなかった。
誰に向けて叫んだのかも、到底理解できそうにない。
しかし音を発した先に、「言葉」のようなものを受け止めた彼女が存在していた。
「……ッ!」
幼い魔女が息を深く吸い込む。
その後に、彼女の手元から力の質量がはきだされる、発砲音のように激しい炸裂の音色が響き渡っていた。
彼女が、メイが手元の武器で魔法の弾を撃ち出した。
与えられた推進力は激しく、怪物の動きを乱すのに十分な働きをなしていた。
攻撃をすること。
それこそ、それだけが青年の発した言葉の意味、そのはずだった。
そして、それさえ理解すれば、あとはもう行動に迷いを抱く必要も無かった。
メイが銃で勢いを削り落とした、そこにキンシは槍を握りしめて再び接近をくわだてた。




