まち行く猫も空を飛ぶ
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「その目的の場所というのは、どういう場所なんだい」
シイニが自転車の体で、警報鈴をチリチリと鳴らしながら気軽に質問をしている。
「うーん……それなんですが、実のところよく分かっていないんですよ」
質問文を聞いた、キンシはいまいち要領を得ない様子で受け答えをしていた。
「受け取ったメモが、いささか不明瞭なんですよね」
宿題で解らないところを見つけたかのように、キンシは気軽な様子で不明瞭な部分を主張していた。
メモを少し上にかざしている、キンシにメイが問いかけを投げかけている。
「そのメモは、なにについてのメモだったかしら?」
すでに確認しているであろう内容を、メイはあらためて確認をするようにしている。
幼い魔女に問いかけられた、キンシはメモの内容について、気軽そうな態度のなかで答えを返していた。
「それはもちろん、僕らに……魔法使いにとって有用な情報が記された、そんなメモですよ」
分かりきっていることを口にするようにしている、キンシはいたってリラックスをした様子のままだった。
「魔法使いにとっての、情報……」
魔法少女の説明を聞いた、メイは言葉の意味を考えようとする。
しかし、考えるまでもなく、メイは言葉が説明するところの意味合いを理解しかけていた。
魔法使いという存在が求める情報、といえば、そんなもの怪物に関することに決まっていた。
なぜならば、この世界における魔法使いというのは、怪物を相手にすることこそが、その存在の最大の意味と意義であるから。
と、そこまで考えた所で、メイは自分の体にひとつ、違和感を覚えていた。
「……ん、んん……?」
彼女の全身を包んでいる、彼女の属している種族特有の羽毛たち。
真珠のような白色をしている、羽毛がブワワ、と逆立ち始めていた。
気温が大きく変動したわけでも無いというのに、メイは自分の肉体が発する警告に戸惑いつつある。
幼い魔女が羽毛を膨らませている。
そのすぐ左隣にて、キンシは空間に生じつつある違和感を把握しようとしていた。
「何か、来ますね……」
メモ用紙を上にかざしたままの格好にて、キンシは違和感の正体をその目に検索しようとしていた。
空を見つめている、キンシの右目に植わる瞳孔が縦長に伸縮をする。
そのかすかな動きに合わせて、その緑色をした虹彩が伸縮をしていた。
彼女たちが見つめている先。
そこには灰笛の空が広がりを見せている。
建物の高さに切り取られた、決して広々としているとは言い難い、限定された空模様が地上から確認することができる。
空の灰色は天井に居座る雨雲たちによって作られ、彩られている。
雨雲は今日も今日とて灰笛という名の地方都市に鎮座し、湿気の隙間からこぼれ落ちる雨粒でその場所を濡らし続けている。
雨雲から降り続ける雨。
それらどことなくその気配、雨量を大粒に増幅させた……ような気がする。
雨が降りしきる、濡れそぼつアスファルトの上。
そこからキンシという名前の魔法使いは、空の少し下に現れようとしている変化を見つけ出していた。
上空と呼ぶにはいささか下すぎている、それは都市のなか、地面からあまり離れていない場所に現れようとしていた。
地上から数えて三メートルあるか、ないか。
人間が飛び降りても、もしかしたら無事で済むかもしれない。
ものすごく気を付けてさえいれば、命ぐらいなら無事で済まされそうな、そんな程度の高さである。
少し上に現れている、それは光の漂いのように見えた、
白く輝く筋がふわふわとしている。水の中に白い糸を沈ませたときの、その揺らめく動きに似ている。
「あれは……なにかしら……?」
上を見上げた状態で、メイがその現れている違和感に疑問を抱いている。
彼女が見つめている先で、光の筋は時間の経過と共にその範囲を広げていっているようだった。
「だんだんと、大きくなっているわ……」
目で確認することの出来る、あからさまな変化に幼い魔女はまず怯えのようなものを抱いている。
ブワワと膨らみを増している彼女の羽毛に、青年の声音が掛けられていた。
「警告。敵性生物の発現予想を確認しました」
それはトゥーイの音声で、見れば彼の首元に巻き付けてある発声補助装置から、警告音のようなものが鳴り響いてきていた。
「どうしたの、トゥ?」
メイがトゥーイを意味するよび方で、彼の事を呼んでいる。
「すごくうるさいわ!」
驚いている魔女に、キンシが注釈のようなものをいれいてる。
「それはもちろん、五月蠅くもなるでしょう」
現在に起きている現象の、その全てを要約するための言葉を用意している。
「怪物さんがこの場所に、この世界に現れようとしているんです。驚いて然るべき、そして……」
空に異常が、怪物がこの世界に生じるための違和感が現れている。
その光景を見つめながら、キンシは自分がやるべき行動をすでに選び終えていた。
「僕の、ナナキ・キンシの出番ですよ」
キンシという名の魔法使いの少女は、自らの名称を口にしながら、左腕を少し上にかざしている。
指先は、怪物が現れようとしている光の隙間に固定されていた。




