バラの花は朝露を吸い込む
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時刻は朝が始まり、すでにいくらか経過した時間帯。
昼と呼ぶにはまだ早い、朝の空気のなかで青年は魔法少女の近くに体を移動させていた。
十代の終わりか、あるいはすでに二十代が始まっているか、外見年齢的にはその位のように見える。
青年は、キンシと同じく魔法使いであるらしかった。
青年は長く伸びた白髪を後頭部でまとめている。
白色の毛並みの中に、柴犬のような聴覚器官が生えているのが見える。
青年は着流しの上に、作業服のような上着を羽織っていた。
上着は事務所からの配給品で、雨水を弾く素材が織り込まれている。
キンシと比べるとかなり背が高い、青年は紫色の瞳でシイニの方をジッと見ている。
普通の眼球は左目だけに限定されている。
右側の眼窩には、ちょうどメイと同じように植物のような特徴、彼の場合はバラの花のような器官が生えている。
青年はシイニに向けて、何事かを発音しようとしているらしかった。
「timiえ……」
ノイズ音のような、とても人間が発するべきではない種類の音が、青年の体から発せられている。
怪しい発音をしながら、青年は足を動かして自分の立ち位置を変えていた。
ちょうどシイニから見て、彼の視点が前方のライトの部分にある事を仮定して、彼から魔法少女が見えなくなる位置。
青年はその場所に立ちふさがりながら、自転車の彼に向けて警告の言葉を投げかけていた。
「警告する。低頻度に演奏をしないことは絞殺に繋がります」
しかし青年が発した言葉は、普通の人間が使うべき肉声のそれとは大きくかけ離れていた。
それもそのはずで、彼の音声は首に巻きつけてある、金属製の音声補助装置から発せられているモノだった。
とても人間の持つ温かみはない。
人間の声を再現するという点においては、むしろシイニの方こそ上手い具合であると、そう評するより他はなさそうであった。
「えーっと? トゥーイ君、彼は、なんて?」
シイニが道路の上で車輪をくるりと回転させ、ライトの部分をキンシの方に向けている。
青年の呼び名を発している。
自転車の彼に要求される格好で、キンシはトゥーイの言葉を翻訳していた。
「ああ、ナめた事をすると、絞殺をしますよ。と言っているんです」
「怖いな! おっかないな!!」
さらりと訳された内容に、シイニは怯える素振りを作ってみせている。
しかし、言葉のなかでは弱者を気取っていながらも、その声音にはやはりどこか状況を楽しむような気配が、そこはかとなく滲み出ている。
「……ねえ、やっぱり彼の依頼は、ここでことわっておくべきじゃないかしら……?」
シイニの様子を見ていた、メイがキンシの方にささやきかけるようにしている。
「ただでさえ、……べつの案件で大変なことになっているというのに、これいじょうめんどうなことをムダに抱えること、ないとおもうのよ」
さらりとシイニを面倒事扱いしている。
しかしながら、キンシはメイの言葉に注意を向けることができなかった。
幼い魔女が自分のことを心配している、それゆえにこの忠告をしていること。
心遣いは、キンシにも充分理解できることだった。
それ故に、客人の手前でかなり直球な表現をしている魔女に、否定の意を唱えることができないでいた。
「それは、そうなんですけど……」
まずはメイの心配を受け入れる姿勢を見せる。
そうしていながら、実際の体勢は彼女の意見を受け入れない、という方向性には変わりなかった。
「ですが、こうして僕に……僕なんかに直接会って、依頼をしてくださったんですよ? それを、無下にすることなんて……」
「またそうやって、自分を安売りしちゃうんだから……」
メイはキンシに小さく責めるような視線を送る。
そうしていながら、同時に魔女は魔法少女のそういった性質を、すでにいくらか理解し終えているのであった。
「……まあ、そういうところがあるから、私はあなたに助けられたのだけれど」
一つの事を諦めるようにしている。
メイの紅色をした瞳がスッと降ろされている。
その動作を見ていた、キンシは少し照れるように微笑んでいる。
「お話合いは、終わったかな」
彼女たちの会話が一旦途切れた。
その合間を縫うかのようにして、シイニが確認の問いかけを投げかけていた。
「終わったのなら、先に進もうか!」
常識的に必要最低限の大声を発しつつ、シイニは魔法使いたちに指示のようなものを出している。
「善は急げ、とはよく言うものだろう? 若者たちが、いつまでも同じところに立ち止まってはいけないよ」
なにやらそれらしい事を言いながら、シイニは再び一行の先頭へと車輪を回そうとしている。
先頭を行く自転車の後を追いかけるように、キンシもまた足を前へと運んでいた。
「そうです、そうなのです。今日はこれから先約さん、ナナセ・ハリさんからのご依頼を実行する避難ですよ」
キンシは自らの状況を言葉にしながら、確認作業の最中にて、本日の予定を言葉にしていた。
「仕事内容に記された、現場に向かわないといけないのです!」




