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削る音がボクに続く

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

ご感想などなど、とても感謝です!

 シャリシャリ、シャリシャリ。

 かき氷を削る時の音、透明な塊が刃の触れ合いによって細やかでなめらかな、小さな塊に区分されていく。

 その時の音色が、ルーフの頭の中で再生されている、ような気がした。


 気がしていた。 

 だがルーフはすぐにそれが、現実にも聞こえている音色であることに気付かされている。


 シャリシャリ、シャリシャリ。

 ルーフが見ている先、ミナモが手にしている小さな刃物で空気を削り落としていた。


 銀色のカトラリー。

 子供の人差し指程度の長さしかない、小さな刀身は確かに空気を切り裂き、切り取った部分を細やかな粒に変換していた。


「あれは……」


 ミナモが削り落とそうとしているモノについて、ルーフが言葉を考えようとした。

 しかし少年が考えるよりも先に、彼の左隣あたりに立っていたハリが、先んじて答えを舌の上に用意していた。


「ボクらが魔力と呼んでいるものの一種、「水」と呼ぶに等しい、普遍的な要素のひとつ、ですよ」


 ハリが、魔法使いとしての知識をルーフに教えようとしている。

 しかしその情報は、すでにルーフにも知っている内容でしかなかった。


「ああ、じいちゃんがよく話していた、あれがそうなのか」


 話のなかだけで聞いていた。

 夜に眠気が来なかった時、祖父が夢物語の代わりに話してくれたのが、魔法使いが「水」と表現するエネルギーの存在についてであった。


 それはこの世界の空気に含まれているモノ、あるいは生命体の血液中に含まれる要素の一つ。

 大量に存在していながら、空気中の酸素と同じように、生命活動に置いて目に認識することの出来ないもの。


「どちらかというと菌類、に近しい要素と言えるのお」


 そう、その様に祖父は語っていた。


「え?」


 まさか……? どうして祖父の言葉が現実に、現在のルーフの鼓膜を震動させているのだろうか?

 ルーフは疑問に思い、よもや祖父がこの世に蘇ってきたのではないかと、そう期待しそうになった。


 だが、少年の期待は外れることになった。


「わしのアーカイブのなかに、この言葉があったわ」


 視線を動かすまでもなく、ルーフの視界のなかにミッタの体がひらめいていた。

 フワフワと綿ぼこりのように、ミッタは灰色の毛髪を空気中に漂わせている。


「なんだ、ミッタか……」


 期待が外れたことに強い安心感を覚えている。

 ルーフは自らの感情を見て、依然として祖父の存在が自分のなかで大きなしこりになっていること、そのことに改めて気づかされていた。


 少年が安堵に胸をなでおろしている。

 そのすぐ近くでは、ミナモが空気中の魔力を引き続き削り落としている最中であった。


「ほーら、シャリシャリー、シャリシャリー」


 掛け声のようなもので、リズミカルに刃物をあやつっている。

 ミナモの手元にはいくらか存在感を増した光が集まり、左の手のひらに塩の粒のような欠片が降り注いでいた。


 パラパラと手の平に降り積もる。

 それらは確かに塩の粒、例えば岩塩などを細かく砕いたもののようにも見えなくはなかった。


 空気中にある魔力が、魔法の刃物によって削り取られている。

 粒のそれぞれはとても軽そうだった。

 

 ある程度削り終えた後に、ミナモは刃物の動きを止めていた。


 削り終えたもの、空気中の魔力の結晶がミナモの左手に累積していた。

 赤子の吐息程度でも簡単に掻き乱され、吹き飛ばされて跡形もなく消えてしまいそうな不確かさだった。


 左手に降り積もったものを、ミナモは素早い動作で別のところ、ジェル状の模造品の元へと運んでいた。


「はーい、ソルトぱらりぱらり」


 累積したものを、改めて右の指につまみとる。

 掴んだそれらが、ジェル状の彼女の上にパラパラと降り注いでいた。


「じゅるじゅる……じゅる」


 ジェル状の彼女、模造品が塩のような粒に反応して、力の無い呻き声を上げていた。


「……?」


 変化が訪れることに気付かなかった。

 ルーフが少し前に進んで、模造品の彼女の方に注目をしていた。


 少年が見た、ちょうどそれと同じようなタイミングで、模造品の方に分かりやすい変化が訪れていた。


「じゅる! じゅるるるー!」


「うわ?!」


 模造品の彼女が、あからさまに悲鳴と思わしき音声を発していた。

 と思えば、少女の形を保っていたそれが、それらが突然大量の泡を発しながら融解し始めていたのである。


 ジュウウ! ジュウウウウ!

 濃硫酸をぶちまけられたかのように、激しい反応音が周辺の空気を振動させている。


 人間の形をしていたはずのものが、どろどろとその形状を保てなくなる。

 その様子は、ルーフが想像していた以上におどろおどろしいものだった。


 つい先ほどまで、鼻先を掠めるほどに密接な距離感で戦った相手。

 模造品でありながら、元になった少女(モア)の凛としたたたずまいを、それなりに上手く再現していた。


 その物体が、いまや不定形のスライムのような形に成り下がっていた。

 いや、下がるという言い方もこの場合にはあまり正しくはないのかもしれない。


 模造品は、元の形に戻ったにすぎないのである。


「ごぽ……ごぽ」


 スライム上になった、柔らかさの塊をミナモは指でかき集めていた。

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