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ラーメン一杯分の心遣いが欲しい

 ここ最近、魔法に関する案件に遭遇してばっかりだった。

 腕の一本はもぎ取られるし、もしかしたら眼球の一粒も潰されていたかもしれない。


 首の皮が切り取られずに繋がっている、この状況こそ不思議で仕方がない。

 状況に慣れきってしまっている。

 それ故に指一本分の負傷など、せいぜい春のそよ風が通り抜ける程度の出来事でしかないのだろう。


 ……もっとも、このまちでは春だろうが冬だろうが、空から降ってくるのは雨の雫ばかりであるのだが。

 ともかく、ルーフが指の怪我をそこまで大事(おおごと)に感じていない。


 その思考を知ってか知らずか、少なくともミナモは少年の様子に、彼があまり精神的なダメージを受けていないことを感じ取っているに違いなかった。


 少なからず傷ついていることを自覚しながら、ミナモはその上で彼に提案をしている。


「せっかく模造品ちゃんがやる気をだしているんだし、ここらで一席やってみない?」


 ミナモは楽しげに提案をしながら、右側に軽く握り拳を作ってみせている。

 「やる気」らしきものを意味するジェスチャーを、しかしながらルーフはすぐに受け止めきれないでいた。


「ヤルって? ……何を?」


「だから、この模造品ちゃんのお相手をルーフ君、君がするんだよ」


 ミナモはそう言いながら、右の腕に作りだした握り拳をグッ、と前に突き出していた。


「何故に?!」


 彼女の提案にルーフが間髪入れず疑問を入れている。

 自らの反応の速さに追いつかないままで、それでもなお、自らの疑問の正当性についてを確立しようとしていた。


 少年の、少年による承認が終わりを迎える。

 それよりも先に、ミナモは自らの傍らに佇む柔らかな、ジェル状の模造品に強く触れていた。


「そうと決まれば! さっそくお外に出かけるで」


 模造品の微かに透き通る小さな頭部を握りしめながら、ミナモはこの場所から移動することをさらに提案している。


「早よお服を着て、善は急げやで」


 ミナモに急かされるようにして、ルーフは下着一丁の状態から元の、衣服を着た状態に戻されていた。


「何やねん……いきなり」


 上着を、パーカーを被っている間にルーフがひとりで不満を口に呟いている。

 不平を抱きながらも、しかしてそれに反論をする程の気力を用意しようはしない。


 無気力とはまた種類を異ならせている、為すがまま、川の流れに身を任せるようにしている。


「……じゅじゅう」


 そんな少年の様子を、模造品の彼女はのっぺりとした瞳で眺め続けていた。


 ……。

 という訳で、ルーフは模造品の彼女と共にアパートの外側に誘われていた。


「いきなりなんの催しをするかと思ったら、なんじゃ、楽しそうなことをしているのお」


 ぞろぞろと移動をしてきた、彼らの後を自然と追いかけていたミッタが、弾んだ声で状況を語っていた。


「また一席戦いのばしょをよういするとは、いやはや、あるじ様はよほど戦闘を好んでいるらしいの」


「……人を、そんな戦闘狂みたいに呼ぶんじゃねえよ」


 道の上に立ちながら、ルーフは模造品の彼女と対峙をしつつミッタに文句を呟いている。

 この場面が不本意なものである事を主張しようとしている。


 だが、ルーフは自分の試みが無駄に終わることを、早くに悟りつつあった。


「うわー、何なんコレ?」


 アパートの外側、建物に面している道路に立ちながら、ミナモが目の前に広がっている光景に驚きを表している。


「アスファルトに穴が空いちゃってるじゃない、これじゃあ、車もギリギリね」


 道路に刻みつけられている傷を見ながら、ミナモはすでにその穴を空けた張本人にある程度の目途を着けているようだった。


「コレ、ルーフ君がやったんでしょ?」


「まあ……そういうことになるっすね」


 昨日の出来事。

 ちょうど自分たちが立っている所に、昨日までただならぬ集団の熱気が存在していた事、その事実がルーフにはどうにも信じ難いもののように思われた。


「ちょっとご近所迷惑が多かったから、そこの窓から一発撃ちこんだんすよ……」


 今思い返しても、なんとも自分らしくない行動であると、ルーフは羞恥心のようなものを抱きそうになっている。


「それはもう、すごい一発であったぞ」


 黙ってしまっているルーフの代わりという風に、ミッタが昨日の出来事のあらましを簡単に語っている。


「不埒なる集団どもを、一発の銃声で散らす。その様子はまさに痛快、愉快であったわ」


「へえ、それは見てみたかったわ」


 ミッタとミナモが、なんとものほほんとしたやり取りをしている。

 その間に、ルーフは諦めたように模造品の彼女と対峙をし続けていた。


「…………」


 ルーフが沈黙をしていると、それに合わせるようにして模造品の彼女も、静けさをその体に湛えるばかりであった。


「こっちが動かない限り、そっちも動かないつもり、なんだろうな」


 そう悟った、ルーフは仕方なしに自分の手元に武器を用意しようとした。

 右腕を真っ直ぐ前にかざす、意識を巡らせる。


 血液の流れが限定的に早まり、熱がルーフの皮膚の内側に生まれる。

 あたたかさが、雨に濡れる空気と触れ合った。

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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