怪しいセールスにご用心
君を描くよ、
あとから思い返してみるとどうしてあの時はあんなにも心が平坦でいられたのか、その理由を少年が理解できるようになるのは、もっとずっと後のことになる。
「とりあえずもっと安全な所に置こうぜ」
ルーフはまず最初にトゥーイに目配せをする。
ごくごく自然な流れとしてその指示をくみ取ったトゥーイは、幼子を抱えたまま怪物の死体から少し離れた、比較的崩壊の被害が少ない地面へ幼子の入った繭を降ろす。
メイとキンシはその様子を、なぜか息を潜めて見守っていた。
ルーフは四つん這いに近い姿勢になって幼子の顔を覗き込む。
つい先程まで元気いっぱいであったはずのその体は、いつの間にかあっという間に生気を失い、不健康な赤みが皮膚を支配しかけている。
ルーフは何時かの昔に妹が風邪をひいたときのことを思い出しながら、目の前の現在の状況を解決するために頭を回転させる。
「見た目は風邪っぽいが………」
繭の中に手を入れ指で幼子の首筋に触れる。
そこはまさしく熱せられたフライパンのように、不健康で危険で目玉焼きが作れてしまいそうなほどの発熱をもよおしていた。
やっぱりあの怪物の体内には、何かよくない何かがあるんじゃないか?
「なんか、お顔が真っ赤になってきましたね………」
幾らか平静さを取り戻してきたキンシもまた、ほとんど土下座に近い姿勢で幼子の状態を覗き込む。
ルーフは低く静かな声で唸る。
「とりあえず、何かで冷やしてやった方が………? なあインチキ、悪いが水かなんかで───」
「わかりました! お水ですね?」
彼の言葉が終わるより先に、不安だらけの魔法使いは食い気味で命令を果たそうとする。
「でしたら僕のとっておきの魔法によって、瞬く間にたっぷりの水を作成してみせましょう! ホラ、このように───」
地面にへばりつくような格好で、異様に意気揚々と左手の人差し指を掲げたキンシ。
が、何かしらの行動を起こすより先に、同じくへばりついているルーフが片手でちょうど近くにあったキンシの額をデコピンする。
ピシンッ!
「あ痛っ?」
唐突な刺激にキンシは顔をのけ反らせる。
その様子をルーフは冷やかにしんねりと睨む。
「アホぬかせ、こんなオチビに魔法なんかで作った怪しい水を使えるわけねェだろ」
ルーフの言葉にキンシは不平そうに唇を尖らせる。
「無能君、魔法で作った水の全部が全部、危険なものであると思い込むのは酷い偏見ですよ。
そりゃ、下手くそな人が作ったのは、衛生面にいささかの不安があることは否めないですが。
ですが、きちんと日々修行している人が作ったのならば、人体に影響がないどころか魔的に美味しくて………」
ルーフが無言で人差し指をぴん、と伸ばす。
キンシに向けて。
「この短時間で」
まさしく脅しに似た、それでいてまっとうな質問をするために。
「ろくにまともな会話もしていない魔法使いヤロウの技術と話を、どうして俺とこのオチビが信用しなくちゃならないんだ?」
ルーフはまるで自らの肉を壁として、幼子の体をキンシの人差し指から守るように覆いかぶさった。
「すみません」
キンシは何も言うことなく指を畳んでしまい込む。
そしてこの場合において、自分が自発的に出来ることは限りなく少ない、そう自己完結させた。
丁寧に、丁寧に、丁寧にやります。




