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全部を無駄にしてしまう日まで燃やそう

 ルーフの体中にジェルを塗りたくった、ミナモが確認の声を発している。


「ほら、これだけ塗れば十分に魔力を回収できるでしょ!」


 彼女にそう教えられた、しかしながらルーフはそのことに実感を持てないでいた。

 黙りこくっている少年に、ミナモが不思議そうなものを見るかのような視線を送っている。


「んー? どうしたん、そんなじっと黙りこくっちゃって」


 ジェルまみれになりながら、ルーフはミナモからの指摘に上手く答えられないでいる。

 静かにしている彼に対して、ミナモが少しだけふざけるような、そんな態度を作ってみせていた。


「まー、キミみたいな若い男の子が、そんな借りてきた猫みたいに大人しゅうしとったら、人生がもったいなくて仕方ないわよ?」


「そんなこと、……言われましても」


 ミナモの言葉に、ルーフはどのような言葉を返すべきか、依然として不明なままでいる。

 そんな少年をよそに、ミナモは右手の中にあるカップの蓋をくるくると閉めている。


 まだまだジェルを大量に含んでいる、カップの中身は静かに蓋を閉じられていた。

 カップをしっかりと密閉した、そのことを指の中に確認している。


 その後に、ミナモは作業をさらに次の段階へと運ぼうとしていた。


「そいじゃあ、そろそろ始めようかしらね」


 段階を次に進める宣言をしながら、ミナモは屈んでいた体を真っ直ぐ上に伸ばしている。

 立ち上がっている。

 動作のなかで彼女は右の指を、まだジェルの水分に濡れているそこでつい、と虚空を上に撫でていた。


「始めるって……」


 言葉がどの様な意味を持っていたのか。

 その実感を、ルーフは理解するよりも先に、直接体に実感させられることになっていた。


「うわ、うわわ……、うわあ?」


 唐突に体の前部にぬるま湯を引っ掛けられたような、そんな熱が生まれている。

 あたたかい、感触は細やかな粒のようにルーフの肌の上を滑っている。


「うひひ、うひひい……?」


 まるで大量の小虫が皮膚の上を這っているかのような、感触としてはその位の不快感がある。

 しかし嫌だと思いながらも、それと同等に心地良さのようなものを覚えそうになっていた。


 相反する感覚が、頭の中で同時に存在している。

 奇妙で、不気味な状態が数秒ほど、しばらく継続していた。


「うう、ううう……」


 そうして、しばらく我慢した後に、勝利を得た感触は不快感の方であった。


「き、気持ち悪い……ッ。き、キモッ! 気持ち悪う! 何だコレ!」


 いったいこの現象が何であるのか。

 疑問はしかして、すでにルーフにも分かりきっている内容ではあった。


 ルーフの肉体に、たっぷりと塗られたジェル。

 それが唐突に意識を持って、さながら生き物のように活動し始めていたのである。


 ジェルの一粒、一つまみがそれぞれに意思を持っているようだった。

 その細やかな動きの中に、ルーフは確かに自分のなかの「何か」の要素が吸収されていくのを、敏感に感じ取っていた。


「うひ、うひひぃー……」


 気持ち悪さと心地良さの中間、確実に何かを吸い取られていく感覚。

 経験したことの無い感触に、ルーフは今すぐにでも全身を掻き毟りたい、強い欲求に見舞われている。


「あーほらほら、そんなに暴れなさんな。大丈夫だから」


 すでに腕を上に振り回そうとしている、そんなルーフにミナモが指示のようなものを出している。

 動揺し尽くしている少年と相対を為すように、ミナモはおっとりとした様子を崩さないままでいた。


「落ち着いて、だいじょうぶなのよー」


 目の前に行われている現象は、ミナモにしてみれば作業の途中段階にすぎないのだろう。

 事象が起こっている。その光景を、彼女は均一に保たれた冷静さのなかで、観察し続けていた。


 彼女の濃い麦茶のような色を持つ瞳が、ジッと見つめ続けている。

 状況のなかで、ルーフは時間の経過と共に焦りのようなものを強めるばかりであった。


「大丈夫って、だいじょうぶって、何が……ッ」


 どうにかしてこの状況を解決するための、言葉をルーフは用意したがっていた。

 だが、少年の試みはついに叶えられることは無かった。


「……ッ」


 次に呼吸をしようとした、その時点でルーフは自分の体を普通に保つことすら叶わなくなっていた。

 地面に立っていた左足が、捉えるべき重力を失っているのを、どこか客観的な視点で眺めていた。


 片方だけの生足が、立つための力を失ってしまった。

 そうなると、もう片方側の義足も、少年の体を支えるための機能を失うより他はなかった。


「………」


 ぐらりぐらりと、大きく揺らめいた。

 やがて傾いていくルーフの体。


「おっと」


 それを受け止めたのは、ミナモの片腕であった。

 彼女の腕の中に体重を預けるようにしている。


 その状況を、ルーフはとっさに取り繕うようにしていた。


「す、すんませ……」


 いまいち正体の見えない、形だけの謝罪を唇に呟こうとした。

 しかし、少年が実際に言葉を発するよりも先に、彼の体からもっと決定的な要素が現れようとしていた。


「って、何だこれ……!」


 ミナモの腕に体重を預けたままの格好で、ルーフは自分の指先に強く集中を向けている。

 見つめる先、そこでは透明な塊が体から、皮膚の表面にプツプツと丸い形を形成させている。

 その最中であった。

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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