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最初で最後の最高のひと

「それで? ルーフ君の一撃でみんなを追っ払っちゃったんやなあ」


 ミナモにそう、総称されたことに、ルーフはどうにも居心地の悪さを覚えずにはいられないでいた。

 実際に現実を体験してきた、視点がミナモの客観視に、どうしようもない違和感を覚えている。


 昨日の「集団」によるデモンストレーション活動、それをルーフの手によって直接阻害した。

 その翌日のことであった。アゲハ・エミルの妻であるアゲハ・ミナモが、ルーフの世話になっているアパートの一室に訪れてきていたのである。


 疲労感の抜けきらぬ朝から、ルーフは昨日から引き続き現行のベタ塗りを朝からペタペタと拵えていた。

 そこにインターホンがけたたましく鳴り響いた。

 ハリに頼まれる格好で、ルーフが玄関先に対応しようとした所に、ミナモの頭部から生えているタヌキのような聴覚器官が見えていた。


「やあやあ、やあ、わざわざご足労ありがとうございますよ? ご婦人」


 室内に受け入れ、作業机の近くに椅子を用意して、ミナモはそこに腰を落ちつかせている。

 座っている彼女に対して、ハリがすでにいくらか疲労感を感じさせる様子で挨拶をしていた。


 昨日の夜の内にハリは部屋着に着替えている。

 普段の白シャツにパンツと言うシンプルないで立ちとは大きく異なる。柄物のゆったりとした上着に、暗い色の肌に密着したインナーだけを身につけている。


 パッと見の印象としては、無駄に派手なてるてる坊主を思わせる。

 肩口はほぼ完全に露出している、どことなくダウナーな印象を覚えさせるシルエットであった。

 

 ハリが衣服のゆったりとした袖をヒラヒラとさせていると、ミナモが彼に挨拶をしていた。


「おっはー、先生。結局徹夜で原稿仕上とるようやなあ」


「そうですね、結局この形に収まっちゃいました」


 仕事の具合の確認をしながら、ミナモは慣れきった様子でアパートの一室に身を預けているようだった。


「さて、わたしがここに呼ばれたってことは、最後の追い込みをかけたいってことなんやな?」


 ミナモにそう確認をされた、ハリが力のこもっていない様子で受け答えをしている。


「もちろん……それもあるんですが、……そのぉー」


「うんうん、わかっとる、わかっとるって」


 謎にもじもじとしているハリに、ミナモはすでに事情をいくらか知っているかのような、そんな素振りを作ってみせていた。


「それじゃあ、ルーフ君」


「は、はい」


 その途中でミナモの麦茶色をした瞳がこちらについ、と向けられている。

 彼女に自分の瞳を見つめられる、格好にルーフが慣れきっていないうちに、ミナモは少年に要求をしていた。


「脱いで。上を、ああ、出来れば下もお願い」


「……はい?」


 という訳で、ルーフは他人の家のなかで、人妻の前でほぼ全裸をさらすことになっていた。


「んー、ちょっと足りへんかなー?」


 若干の寒さにルーフの毛穴がブルブルと縮小している。

 そこにミッタはお構いなしと、冷たいジェルのようなものを次々と塗りたくっていた。


「もう少し量を増やすわねー」


「……あのー……」


 当たり前のように、なんの説明もなしに説明も解説も無しに作業を進めている。

 ミナモに対して、ルーフはそろそろ堪えきれなくなるように、質問文を少し激し目に投げつけていた。


「これって、何をしてるんですか?」


 行為についての疑問を口にしている。

 少年に対して、ミナモは言葉のなかでの簡単かつ簡素な説明をしていた。


「怪物の体から作ったジェルに、ルーフ君の魔力を吸収させとるんよ」


「それ、それって?」


 伝えられた事実に、ルーフが上手い具合に理解を追いつかせられないでいる。


「何の意味があるんだよ?」


「まあまあ、見てなさいって」


 ルーフが疑問を抱いているのに対して、ミナモはお構いなしといった様子で作業を続行するだけであった。


「さあ、もう一つまみほど追加」


 そんなことを言いながら、ミナモは手元にあるカップからジェルを一つまみ、さらにルーフの肌に追加している。


 彼女の指先に触れる、透明な粘液がルーフ肌に刷り込まれていく。

 ぬりぬり、ぬりぬり。


 確か、怪物の体から抽出した何かを配合したもの、だとか。

 そんなことを言っていたような気がする。


 そこに自分の魔力が吸い取られているのだろうか、どうにもその実感が湧かなかった。

 ただ在るのは、人妻の指に柔らかく粘度のあるものを塗りたくられている、その感触だけであった。


 意識することなく、ほぼ無意識につい官能的な意味合いを覚えそうになってしまう。

 そんな自分の意識を散らすために、ルーフは出来る限りくだらないことを考えようとしていた。


 くだらないこと、くだらないこと……。

 ああそうだ、そろそろ腹が減ってきていた。


 ミッタは、また台所に立てこもって、何ごとか料理のようなものをしているのだろうか。

 料理について考えていると、ルーフは自分の体が肉の塊のようなものとして想像するようになった。


 これからフライパンでこんがりと焼かれる。

 そのために、塩のようなものを丁寧に刷り込まれている。


 そうに違いない、と考えた所で、少年の空想はミナモの声によって遮られていた。

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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