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とびきり以外のどうでもいいもの

 銃を構える。使いかたは先の持ち主であった、エミルという名の魔術師からあらかた教えてもらっていた。

 毎朝の朝食が出来上がる前の空白、朝の空気が暖まる時間の前。その少しの間に、一応少しづくレクチャーを重ねてもらった。


 であるからして、ルーフはこの時点である程度は、武器を使う準備が整っていた。

 バイオリンを弾くようにして、バイオリンなど弾いたことも無いルーフが、武器を体に密着させるように固定している。


「さて……」


 狙いを定めて、あとは引き金を引くばかりであった。

 いつ撃とうか、銃のような形をした武器を構えながら、ルーフはそんなことを考えている。


 狙いを定められている、そんなことを知らないままで、集団の先頭に立つ七三分けの男が叫びを続行させていた。


「暴力を振るわれていますっ! アホな若者に! 反社会的な勢力を持つ浮浪者にっ! 明白な暴力を振るわれているぅーっ!」


 最初に登場した時と何も変わらない、無駄にやかましい声で、主語のでかい主張を叫び続けている。

 どちらかが、片方が黙っていることを良いことに、好き放題なことを叫び続けている。


 ルーフは狙いを定め、集団の先頭にいる、七三分けが触れようとしている指先にめがけて引き金を引いていた。


 銃口から弾が発射される。

 しかして、撃ち出されたのは一般的な鉛の弾とは大きく異なるものであった。


 ルーフが今手にしている武器は、人間のためのものではなく、怪物のために作られたものだった。

 人を殺すための機能は、ほとんど備わっていない。


 撃ち出されたのは実弾ではない。

 ルーフの血中に含まれる魔力、それをカマボコのように練り固めたものだった。


 怪物の体内に打ちこみ、その魔力の回路を乱すための役割を持っている。

 人間に撃ったとしても、せいぜいそよ風程度の意味合いしか持ち合せないでいる。


 事実として、実際ににルーフが撃った弾も、七三分けに決定的な攻撃力を与えることは無かった。


「……っ?!」


 手元に走った違和感、静電気程度のそれに七三分けはほんの一瞬、疑問のなかで沈黙をその身に許していた。


 言うなればそれだけで、あとは通常の行動にすぐに戻されていた。


「ダメか……」


 標準から視線をそらし、ルーフは自分の攻撃が上手くいかなかったことを考えている。

 魔力の質量が足りなかったのだろう、しかしながら、これ以上多くの魔力を弾にこめることは、色々な意味でよろしくない気がした。


 体内の魔力を無駄遣いしたくない。

 それに、そこまでの意味合いを込めてまで、ルーフは七三分けを害したい訳ではなかった。


「あるじ様よ、あの魔法使いさんを助けたいだとか、そうは思わんのかのお?」


「……思考を読み取らないでくれよ」


 ミッタにそう指摘をされた、ルーフは少し不満げに反論をしていた。

 思考を読み取られたことに、単純な不快感を抱いていることもある。


 だがそれ以上に、ルーフはあの集団を此処から追い出すための手段を、依然として見つけられていないことの方に苛立ちを覚えていた。


「どうすれば? 俺はどうすれば、あいつ等をこの場所から追ン出すことができるんだよ?」


 少し言葉遣いが雑になっている。

 そのことに本人が気付く、それよりも先にミッタの声が少年にアドバイスをしていた。


「人間を狙う必要などない、少しだけ驚かせられれば、それで十分なのじゃろう?」


 気がつけば彼女の指がルーフの手に、武器を構えたままでいるそこに触れ合っている。


「それには、あるじ様がもうちっと、勇気を出す必要があるがの」


 彼女が何のことを言っているのか、曖昧な言葉だけを伝えている。

 しかしながら、ルーフには不思議と彼女の言いたがっていることが、スラスラと理解できてしまっていた。


「そうだな」


 ルーフは短い返事だけを唇に用意している。


「隠れてやる必要も、無いよな」


 それだけの事を口にしている、ミッタはそれに微笑みだけを返していた。

 そうして、十秒だけが経過した。


 秒針が垣根を越えた途端、ルーフはその体を窓に大きく乗り出していた。

 口を開き、開かれたそこに大量の空気を取り入れる。


 限界まで吸い込んだ。

 今すぐにでも吐きださなければ、肺のひと塊が破裂しそうなほどに深く吸い込む。

 

 吐きださなければならない。

 必要性に追い立てられる格好のままで、ルーフは叫び声を上げていた。


「そこのクソご近所迷惑共!!」


 窓の外に叫んだ。

 少年の声はアスファルトの上に立つ魔法使いと、集団の元にきちんと届けられていた。


 彼らの視線が自分の元に集まってきている。

 そのことに緊張感を覚えそうになる。だが感情が確かな形を得るよりも先に、ルーフは窓にさらに身を乗り出して、銃口を階下に広がる世界に定めていた。


「これ以上なんか文句があんなら、この銃口が黙っちゃいねえぞ!」


 宣言をしている。

 その姿はあまりにも頼りなく、少しの刺激で割れてしまう泡沫(うたかた)ほどの存在感しかなかった。


 だが、それでも場面を動かすほどの意味合い程度ならば存在していた。

 集団のひとり、先頭にたつ人間がひとり、少年に注目をしていた。

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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