レーザーのように熱い視線に負けないで
ルーフの方を見ていた、ハリはこれから起こす行動について語っていた。
「ボクにだって文句を言う権利くらいはありますよ。ですので、ここで戦ってみせましょう」
それだけのことを言い残すと、ハリはそそくさと部屋の外へと出かけようとしていた。
「さあ、レッツらゴーです!」
「え? いやいや、ちょっと待ってくれよ」
ひとりでに行動をしている、ハリのことをルーフは慌てて呼び止めている。
「戦うって、何をするつもりなんだ? まさか……! 実力行使?!」
例えば魔法使いが常日頃、怪物などに対して使う行為のことを考える。
考えた中で、ルーフは段階的に血生臭い展開を想像せずにはいられないでいた。
「やべえって! さすがに人間の心臓喰いちぎるのは、まずいってッ!」
「しませんよ?! ボクを何だと思ってるんですか!」
殺人に近しい行為を、勝手に予想しているルーフ。
そんな少年に対して、ハリは速やかな否定文をよこしていた。
「まったく……、魔法っていうのは正しく使用すべきことなんですよ。そうしなければ、なんでもオッケーになってしまうんですから」
さも当たり前のように、当たり前の事実をハリはルーフに語っている。
しかしがら、ルーフは魔法使いの言葉をうまく信頼することができないままだった。
納得を作れないでいる、そんなルーフにハリは丁寧そうな言葉だけを送っていた。
「とりあえず、このままだとご近所迷惑もいいところですので。ここは一つ、最年長で大人であるボクが、いかにも大人っぽい対応をしてみせましょう」
ハリからの、ルーフに向けた宣言であった。
…………。
という訳で、ハリがアパートの外で集団と対峙をすることになっていた。
「すみませーん、ちょっとお話をしたいんですけどー」
窓の内側から、ルーフは階下に広がる光景に目を凝らしていた。
ルーフがいる部屋が二階にあるため、上から見下ろすかのような恰好で状況を見守ることになる。
ハリの後ろ姿が見えた。
黒色の毛髪の中に、所々灰色の毛並みが混入している。
黒猫のような聴覚器官を生やした、後頭部がルーフから見下ろすことができていた。
魔法使いが向かわんとしている先、そこにはデモ行為をしている集団が確認できる。
ハリが向かおうとしている。
その先では、デモの集団が引き続き声を張り上げていた。
「魔法使いをぉー、認めるこの社会っ! 我々のような健康にぃー、平和にぃー、暮らしている一般市民を阻害する彼らをぉー、安易に許す社会を否定しなくてはぁーっ!」
とりあえずは、立ち向かおうとしている。
この状況になって初めて、ルーフは集団の外見的な情報を集め始めていた。
声を張り上げているのは、声音的には瑞々しく若く、もしかすると女性のような音程の高さを有していた。
しかし実際に声の主に目を向ければ、叫んでいたのは中年に差し掛かろうとしている程度の男性の姿であった。
髪の毛をポマードと思わしき整髪剤で、遠目でもしっかりと視認で生きるほどにキッチリと七三に固定している。
まるでプラスチックの板を張り付けたかのような、そんな頭部を持っている。
のっぺりとした髪の毛のしたには、血色の悪い肌と若干角ばった顎のラインが忙しなく蠢いている。
デモ行為における主張の声を叫び続けているため、肌の上にヌルヌルと脂汗のようなものが浮かび上がっている。
シンプルな作りの雨合羽の内側、ロゴマークが刻印されている白色のTシャツから伸びている腕は、あまり筋肉の存在を感じさせない。
簡素な雨具に身を包む、彼らの肌を抗議文が生み出す熱気と汗が包み込んでいる。
その熱気が、遠くから見ているルーフの感覚を、錯覚のように暑苦しく変化させようとしていた。
「大丈夫かいな……」
集団の熱気に取り込まれそうになっている。
遠目で見つめているルーフが、早くも集団の圧力に屈しそうになっている。
少年の不安を独り置いてけぼりにしたまま、ハリはゆったりとした速度で集団に立ち向かおうとしていた。
とても頼りない足取りは、さして時間が許されるわけでも無く、あっという間に目的地へと辿り着いてしまっていた。
「あのー……、すみませーん……」
聞こえるか聞こえないか位の、実に弱々しい第一声であった。
ルーフの聴覚に聞こえるか聞こえないか、その瀬戸際、ラインを怪しく責める音量である。
囁き声よりも不確かな、それがしかしながら集団にはきっちり、きちんと届けられていたらしい。
「おォー、おォー……?」
叫びかけていた言葉を中断させながら、集団のなかで拡声器を持った一人の人物、七三分けの男がハリの方に視線を向けていた。
叫びかけていた言葉が中途半端に終わってしまった、まずはそのことに不満げな表情を浮かべている。
生まれなかった言葉を喉元に押し込んだままで、七三分けの男はジロリとハリの方に視線を向けている。
「なんですか、あなたは?」
始まりからすでに自分の優位性を主張したがってるかのような、そんな声の圧力で、七三分けはハリに話しかけていた。
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