謎のスイッチを押してしまった
「それじゃあ、わしがじきじきに馳走を拵えるとするか!」
見るからにやる気をだしているミッタに、ルーフが不安の要素を伝えていた。
「大丈夫なのか? お前って、料理とか作ったことあるのかよ。……いや、無いだろうよ?」
予想はすでに確信に変わっている。
ルーフが不安そうにしているのを見やり、ミッタはいくらか心外そうに耳を震わせていた。
「たしかに、あるじさまの持っている情報には、料理関係の詳細な情報は検索できなかった」
「それもそうだろ、俺だって料理なんかしたことない……」
分かりきっている事実を、ここでこうして明記されるようにしている。
ルーフは唐突に自分の不甲斐なさを見せつけられたような、そんな心持ちを勝手に抱いているようだった。
暗い表情を作っているルーフに対し、ミッタの様子はそれと相対を為すかのように、明朗なものでしかなかった。
「でも、わしの体のなかにはいま、あるじ様が認知している以上の情報が詰め込まれておるのじゃぞ?」
「じゃぞ? って言われてもな」
ルーフにしてみれば、ミッタの自信がにわかに信じられそうになかった。
と言うか、よくよく考えて見て、この状況こそがルーフにとって意味不明なものでしなかった。
「俺の体から離れたヤツが、今俺の目の前で、俺の知らない作業を開始しようとしている……」
ブツブツと、独り言をつぶやくようにルーフが唇を蠢かしている。
「んー? なにかいったかの?」
おそらくはキッチリと聞こえていたであろう、ミッタは兎のように長い形状をした聴覚器官を、ルーフのいる方角に固定させている。
幼女に言葉を聞かれている。
そのことを自覚しながら、ルーフは後回しにしていた不可解さを再確認していた。
「俺の持ってた情報を知っているってことは、俺からそれを取り出したってことになるんだよな」
ルーフが質問をしている、それにミッタがなんてことも無さそうに受け答えをしていた。
「そうね、わしの情報はあるじ様、キミの肉体から収集させてもらった」
フワフワと綿毛のように漂いながら、ミッタは長い髪の毛を指ですくい上げている。
軽やかな動作のなかで、幼女はキッチンに据え置かれている冷蔵庫の扉に指で触れていた。
「あるじ様の右足をほしょくすることによって、怪物であるわしの体に人間が持ちゆる細胞、組織の情報を獲得することができたのじゃよ。感謝する」
「え、ああ……どういたしまして」
感謝の言葉を伝えられた。
しかしルーフの頭の中には、右の足をミッタにかじり取られた際の、あの解放感にも似た喪失の感覚だけが再生されていた。
「あるじ様の右足から生まれた、わしであるが、足手まといにはならぬよう、精進させていただく所存じゃよ?」
「ああ、そうかい」
ルーフの返事を耳に受け止めながら、ミッタは冷蔵庫の奥からプラスチックの包装を取り出している。
それは卵のパックで、すでに中身は三つほど消費されていた。
「これで、なにか一品拵えてみせますかの」
ミッタが高らかに宣言をするかのように、卵のパックをキッチンのシンクに置いている。
目玉焼きでも作るつもりなのだろうか、ルーフが幼女の動作に予想を作り上げている。
そうしていると、外側で何か叫び声が聞こえてきたような気がしていた。
「ん?」
ルーフが気付くよりも先に、ミッタのもつ兎のような聴覚器官が反応を示していた。
「ミッタ、何か聞こえないか?」
ルーフが彼女に確認をしようとした、それと同時に再び叫び声のようなものが彼らの鼓膜に触れていた。
「……--! これ……であり……! であるからして……。……なので……! ……!」
どうやら謎の声は、部屋の外、アパートの外側で何事かを叫んでいるようだった。
「何だあ……?」
人間の声であることだけが予想できた、ルーフは怪訝さのなかでキッチンに備え付けられている窓を開けて、外側を確認しようとしている。
「ああ、窓は開けない方がいいですよ」
「んえ?」
まさにその窓を開けようとした、その瞬間にルーフは背後からハリの声が伸びてきているのを耳に受け止めていた。
魔法使いにアドバイスをされていた。
だがその時点ではすでに、ルーフの腕は窓を開放し終えてしまっていた。
「はんたあぁぁぁーーいっっ! はんったああぁぁぁぁーーーーいっっっ!!」
窓を開け放った途端に、けたたましい叫び声が、室内にいる彼らの鼓膜を攻撃的に振動させていた。
「ぎゃああ! 何だあッ?!」
唐突な、あまりにも唐突な叫び声に、ルーフの心臓は爆発的に震えあがっていた。
ビックリとしている少年に、彼の後方に立っていたハリが気だるそうに、状況の簡単なあらましを語っていた。
「集団ですよルーフ君、集団が抗議をしに来たんですよルーフ君」
何一つとして状況が飲み込めていないルーフ。
しかしながら少年を独り置いてけぼりにして、幼女と魔法使いがたがいに納得を重ね合せていた。
「そうなのじゃなー、集団がやってきたんじゃなあー」
「そうなんですよー。この前からずっと、このあたりに集団が巣食っているんですよー」
「おい……」
ルーフ一人を置いてけぼりにして、彼らは納得を体のなかに許してしまっている。
「しかたないのお」
「ええ、仕方がないです」
「何が……何が仕方がないんだよッ?」
聞こえ続ける轟音に負けぬよう、ルーフはただ声を張り上げるしかなかった。
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