眼鏡を粉砕したいウサギちゃん
どうしてそんな話し方をしているのか、ルーフはミッタにそんな質問をしていた。
「ひさかたぶりの会話だというのに、聞きたいことはそんなことなのか」
ミッタは兎のような形を耳をピコピコと動かしながら、灰色の瞳でルーフを軽く睨み付けるようにしている。
「なに、たんなる初期設定なんじゃよ。君の肉体にざんりゅうしていた情報をかき集めたら、こんな具合のしあがりになった。ただそれだけのことに過ぎないんじゃ」
「俺の中の情報……?」
身内にこんな話し方をする人物がいたか、ルーフは考えようとした。
しかし、考えるよりも先にルーフは疑問の答えをすでに見つけ出していた。
「まるで爺さんみたいな話し方だな」
記憶の中にある祖父の姿を思い出そうとした。
途端に、ルーフは全ての行動を忘れてしまいそうな、強い気配のある疲労感に見舞われていた。
そんなルーフの様子に、ミッタは耳をピクリと動かしながら、興味深そうにうなずきを繰り返している。
「なるほど、なるほど。きみの記憶にちくせきされたカハヅ博士のイメージが、そのままわしの造形に影響を与えたということか」
そうして、ミッタはフワフワと漂いながら、ひとり納得を重ね合せているようだった。
「ともあれ、わしがこうしてこの場所にあらわれたのは、きみがわしを望んだからなんじゃろうな」
「望んだ?」
ミッタが、もうすでに当たり前のように存在をしている、彼女が状況についてを簡単に予想している。
状態にまだ違和感しか覚えていない、ルーフはまばたきを多くしている。
少年の琥珀色をした右目が、キョロキョロと挙動不審になっている。
その視線の先にて、ミッタは空中であおむけになりながら考えだけを進ませていた。
「きみが、きみ一人だけではかいけつできない事柄のかいけつをもとめて、わしのことをここに召喚した」
ミッタは自身がここに、この場所に存在している理由について、そのあらましを簡単に言葉にしている。
「であれば、わしのやることは決まりきっているな」
言葉を発している途中、全てを言い終わるよりも先に、ミッタは己の思考の中に考えをまとめているようだった。
「さあ、あるじさまよ、今ここに召喚せしめた下僕めに、あなたが望むだけの命令を下してみるがよい」
仰向けになっていた姿勢から、ミッタは一気にルーフの足元へと体を滑りこませている。
彼女の身につけている、薄い布で必要最低限の部分を覆い隠しているワンピースのすそが、ふわりと揺らめいていた。
幼女がひとりで勝手に納得を作りだしている。
彼女の展開の速さに、しかしながらルーフは思考を追いつかせられないでいた。
「いきなりそないなこと言われてもなぁ……。俺は一体どうすればいいんだっての」
ミッタからのいきなりな要求にルーフが迷っていると、扉の奥からハリの声が響いてきていた。
「……さっきからどうしたんです? ぶつくさぶつくさと、うっとうしいですよ?」
この状況の根源たる本人から、あたかも真っ当らしい意見を投げつけられてしまった。
誰のせいでこの状況に陥っているのか、ルーフはハリに向けて文句を投げつけたくなる衝動に駆られている。
しかし実際に愚痴をこぼすよりも先に、やるべきことがあると理解している。
ルーフはようやくコミュニケーションの一端を掴めたこと、そのことを頭の中で最優先にしていた。
「あのぉ! 原稿のベタ塗り、用意された分だけは終わったぞ!」
ようやく本来の目的を果たせる。
状況が、ルーフの喉の奥を若干不必要なまでに大きく拡張していた。
少年の少しばかり場違いな大声に対して、ハリが扉の奥で少し考えを回す沈黙を返している。
「そうなんですかー。思った以上に、お仕事が早くて助かりますー」
本心から思っているか、あるいは口からデマカセをたれ流しているにすぎないのか。
そのどちらともとれるような、そんな言葉の使いかたをしている。
それ以降はまた同じように、扉の奥で沈黙をしてしまっている。
また新たに訪れた静かさに、扉の外側にたたずんでいる、ルーフとミッタが互いに視線を交わしている。
ほんの数秒の内、黙っている間、先に唇を開いたのはミッタであった。
「とりあえず、おなかでも空かないかのお」
彼女にそう指摘をされた。
ルーフは言葉で表現された途端に、自身の体が空腹感を覚え始めたことに気付かされていた。
「…………」
また少し、思考を巡らせた後、ルーフはようやく次の行動についてを言葉に変換していた。
「……、そろそろ晩飯でも作るか……」
と、言うわけで、少年と幼女は台所に立つことを選んでいた。
「エエんかいな……勝手に台所使って……」
場所に移動する最中、足をその場所に踏み入れながらで、ルーフは基本的な疑問に心配をしている。
「使用許可は、ほんにんからキチンともらったじゃろ」
少年の不安に返事を寄越すようにして、ミッタが先ほどのやりとりを思い返すワードを用意していた。
「今はもう、わしたちを阻害するものは、なにひとつとして許されぬのじゃ」
大げさに言葉を使っている。
ミッタにしてみれば励ましのつもりだとしても、ルーフにはどうにも不安の要素だけが、ただただ深みを増すばかりであった。
こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。




