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リニアモーターガールはお化粧をする

 黙っている、その間にもルーフはスマートフォンを右の片手に握りしめたままでいた。

 通話中のアイコンが消え去った、後には電源の入っていない平面の暗闇が残されている。


 目立って損傷をしていない、スマホの画面に映る顔をただ眺めている。

 作業を一つ終えた、仕上がった原稿用紙が手元に広げられている。


 仕事を一つ完成させた、作業をし終えたばかりの達成感のようなものが、ルーフの指先にあたたかく灯りつつあった。


 そのまま満足感に身を委ねる。

 目の前にだけ広がっている世界に甘く浸るのも、それはそれで選択肢としては間違っていないように思われた。


「…………」


 なんと言っても、ハリから頼まれた仕事は無事に完成したのである。

 後は特にやることも無いと、そう状況を片づけることだって、決して不可能ではないはずだった。


「……はぁ」


 色々と、考えを巡らせてみた。

 その結果のなかで、ルーフは作業机から一旦身を離すことを選んでいた。


 椅子を小さく回転させ、左の足と右の義足でゆっくりと立ち上がる。

 リハビリテーションもさることながら、日常生活の中ですっかり義足の使いかたに慣れてしまった。


 自分の順応力に賞賛を贈りたくなる。だがルーフはこの心持ちを、今は否定しようとしていた。

 褒めている場合ではなかった、やらなくてはならないことがまだ沢山残されている。


 山のように高く積み上がるそれら。

 ルーフはどこから片付けたものか、部屋の中を歩いて進む中で、一つずつ考えようとしていた。


 思考を巡らせている、その途中でルーフの足はすでに流し場と思わしき場所に辿り着いている。

 風呂とトイレと洗面台を同じ区画にまとめている、部屋の一室の前に立つ。


 扉は閉ざされている。奥ではまだハリが怪物の死体の処理をしている、そのはずである。

 そして右の指で軽く握り拳を作り、ルーフはノックをしていた。


 コンコンコン、手の甲の骨が木製の扉に軽く衝突をする。


「……」


 返事はない。ルーフは右の拳を扉に添えたままで、閉ざされた扉に話しかけている。


「もし、もしもし? えっと……大丈夫か?」


 質問を作ろうとした所で、ルーフは確認事項を用意できていない状況に困惑するしかなかった。

 大丈夫と問いかけて、果たしてどのような返事を期待すれば良かったのだろうか。


「……」


 聞こえているのかいないのか、そのどちらともとれる沈黙だけが、扉の奥から返されてきていた。


「もしもーし?」


 要求のような呼び声を発しながら、ルーフはもう一度ノックをしようとした。

 右の拳を最初の時よりもわずかに強く握りしめ、より大きな声を発するために、口を開いて息を多く吸い込んだ。


「もっ──」


 扉を叩こうとした、その瞬間にルーフは背後から何者かに口元を抑え込まれていた。


「も、ぐぅッ!」


 誰に?! 考えようとした、だが考えている場合でないと、本能的に悟っている。

 ルーフは自らの口元を抑える腕を右手に掴み、そして自分の口元からそれを激しく引き剥がしていた。


 少年の腕力に、腕の持ち主は力負けをしている。

 その時点で対象の脅威力は幾らか削減されていた。しかし、それでもルーフは警戒心の鋭さを増幅させ続けていた。


 体を大きくひるがえす、後方に存在しているはずの対象、「何者」かをルーフは視界のなかに捉えている。


 自分の口元を抑えた、ルーフはその相手と対峙する。

 目で見た、そして彼は驚いていた。


 目の前に立っている、それは見知らぬ幼女の姿をしていた。

 年恰好は七つか八つそこら、背丈としては本来ならばルーフよりも小さいもののはず。


 そのはずなのに、にもかかわらず彼女がルーフの口元を押さえつけているのは、一重に彼女が空間の中をフワフワと浮遊しているからだった。


 まるで綿毛のように浮かんでいる。

 毛髪の灰色も相まって、ルーフは彼女のことをタンポポの綿毛が擬人化したものかと、そんな空想を抱きかけていた。


 だが、目の前に浮かんでいるのは紛れもなく人間の姿をしていた。

 ただ、ルーフと同じような人間の姿とは少し異なっている。その幼女には兎のような、細くて長い耳が生えていた。


 よく音を拾いそうな、耳の形はルーフにとって見覚えのあるものだった。

 あまり時間をかけることなく、ルーフはつい最近の内に、その耳と同じ毛色を持つけものの存在を知っているはずだった。


「……ミッタ?」


 ルーフがけものの名を、今目の前に浮遊している幼女に向けて発している。


「ミッタ……なのか?」


 眼前の現実が受け入れられないでいる。

 そんなルーフを置いてけぼりにしたままで、ミッタは首をコクリ、と縦に振っている。


「そんな、馬鹿な……!」


 目の前に現れた現実を受け入れられないでいる。

 呆然としているルーフに、ミッタがそっと体を近付けてきていた。


 人形(ドール)のように形の良い、薄い桃色の唇にふんわりと笑みをたたえる。

 表情を作った、その後で彼女は少年に話しかけていた。


「ばかなことなどあるものか。げんにわしがこうしておぬしに語りかけているではないか」


「ええ?! そんな話し方?!」


 継続される予想外に、ルーフは心を追いつかせられないでいた。

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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