だんだん気になる好きになる
作業机の上に置かれたスマートフォンの、黒色のカラーリングの表面がブルブルと震える。
通話環境の向こう側、電波と電波が繋がり合っている、末端がエミルの音声を余すことなく収集している。
「存在の認識に影響をもたらす症例……、それ自体は特に珍しくも無いんだよな」
「そうなのか?」
古城の関係者であり、自身も魔術師のひとりであるエミルの言葉を聞いた。
ルーフは返事の中に、質問の気配をしっかりと含ませている。
「あそこって、言うならばこのまちにとっての駆け込み寺みたいなもんだろ? 透明人間のひとりや百万人、楽々と受け入れられるもんだろうよ」
「いやいやいや、流石に百万人はムリがあるっての……」
ツッコミのようなものをいれかけて、エミルはすぐに話題の方向性を修正している。
「って、そこはどうでもいいんだよな。問題なのは、その女の子……えっと、名前は何てったっけ?」
「トーコだよ、ハイムラ・トーコだ」
「そうそう、そのトーコちゃんがたまたま重度の冥人であることも関係しているだろうが」
状況の解説を口にしかけた所で、エミルはふと思い当たる部分を言葉の上に用意していた。
「あー……冥人ってのは、もうすでに知っているかもしれないが、魔力を原因とした……いわば病気みたいなもので」
「えっと、その辺はもう知ってるっす……」
「あれ、そうだったか?」
決してスムーズとは言えそうにないやり取りが、スマホ越しに作業机の上で反響しあっている。
確認事項を一つ片付けた、エミルは引き続き軽い調子のままで、トーコについてを語っていた。
「そのトーコちゃんが、古城の認知から外れた透明人間であることは、多分君が想像した通りで間違いないはずだな」
考えていたこと、一人だけで想像していた内容が肯定された。
ルーフは達成感をほのかに覚えそうになった。
しかし感情の熱は、すぐに別の疑問点の冷たさにすぐさま溶かされている。
「ってことはつまり、あいつは独り、透明人間のままでまちの中をさまよって、それで……──」
「たまたま、偶然、うっかりハリの元に現れた。ってことになるんだろうな」
ルーフが言いかけた言葉を、エミルはすかさず補足するようにしている。
それでいい終わることもできた、予感を感じさせながら、「たぶんな」とあいまいな単語を付け加えていた。
「そんな、都合の良いことがお互い起きるとは、考えれそうか?」
「そんなこと聞かれてもな……」
質問のようなものを向けられてしまった。
問いかけ自体はごくごく単純なものでしかなかった。運が良かったかそうでないか、たったそれだけである。
だがルーフは、エミルからのそれにハッキリとした答えを返すことが出来なかった。
勝手な予想を作れるほどに、ルーフはトーコのことを何も知らなかった。
「結局、茶飲んで戦って、それで……」
謎のディープキッスをされた。その所まで思い出し、ルーフはじぶんの体の奥底に邪らしき熱が蘇ってくるのを感じていた。
「…………」
不必要に生み出してしまった熱をやり過ごすために、ルーフは作業に集中力を割くことを選んでいる。
乾き気味の唇をキュッと閉じ、右手に握りしめたペンで墨塗りを手早く進めていく。
しばらくの間同様の作業を継続させた結果、ルーフの体はベタ塗りに対してある程度の適応を為しつつあった。
スルスルと黒いインクを紙の上、指定された空白の内側に塗り重ねていく。
作業を進めていく内に、ルーフの手元にある原稿用紙には、黒色を得た一つの絵が作成されつつあった。
一分ほど黙った後に、ルーフはまだスマホの通話が遮断されていないことに、不意に気付かされている。
「何にしても、君が元気そうで良かったよ」
お互いに不自然な沈黙を許してしまった。
静かさの質量にルーフが気付くころ、すでにエミルは会話劇の締めと成り得る話題を言葉の上に用意していた。
「ビックリしたもんだよ、まさか君がハリの弟子に入ろうだなんて」
「え? 弟子ってなんだよ」
最後の空白をインクで塗りつぶし終えた。
作業が終了した原稿用紙を手元に、ルーフは魔術師の言葉遣いに疑問を抱いていた。
「誰が? いつあの人の弟子に入門したって?」
表現の仕方の印象深さに、ルーフが同様のようなものを抱いている。
少年の感情の揺れ動きが、スマホ越しにどれほど伝わったかどうかは、電波の向こう側にいるエミルだけが知っている内容でしかなかった。
「えー? だってよ、仕事を手伝うついでに魔法使いとして、これから生活していく上で必要なことを色々と教えてもらわなくちゃいけないんだろ?」
少年の今後の顛末についてを、言葉の中に簡単に収めている。
「どのみち、その体じゃあしばらく普通の生活に戻ることは出来そうにないんだしさ」
ルーフの様子に関して、エミルは電話越しに簡単な予想をしていた。
「今日だけでも、たぶん、おそらく……だいぶ厄介なことに巻き込まれまくった。そうなんだろ?」
エミルが、魔術師が何のこと言っているのか、ルーフは考えるよりも先に想像の梢を触れ合せていた。
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