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話し方に癖があるきのこたち

「えーっと……?」

 

 ハリから手渡されたメモ用紙には、仕事内容についてのあれこれが書かれていた。

 洒落っ気も気さくさも感じられない、求める行動だけを無機質に要求する、そんな書かれ方がされている。


 十七禁ホラーゲームのチュートリアルの方が、よっぽど気の利いた説明文を用意してくれるだろう。

 そんな無機質な指示に、しかしながらルーフは逆らう理由のほうを見つけられないままでいた。


「そういうわけなんで」


 作業用に用意されたであろう、筆のようなペンを片手に構えている。

 早速作業に取り掛かっている、ルーフのもとにスマートフォンからの通信が発信され続けていた。


「ところで、なんだが。妹さんは元気にしていたか?」


 それはエミルの声だった。

 この状況になるまでルーフが通話をきっていなかったため、スマホを解して彼らは互いの状況をそこはかとなく把握していた。


 スマホの振動から届けられる電子的な声に、ルーフは幾らか考えをめぐらせる必要に駆られていた。


「妹は……、あの日から結局一度もまともに話していねぇな……」


 妹のこと、彼女の持つ白い羽毛の柔らかな毛先、紅色に艶めく瞳のまるさを思い出している。

 郷愁のような、思考をかすめた想像は強烈な甘さをルーフの口の中、舌の付け根あたりを錯覚させている。


 甘い過去にルーフが身を浸しかけていた。

 そこに、エミルはあくまでも平常そうな様子で彼の想像力を否定していた。


「いや、君の妹さんじゃなくて、オレの妹のことを話しているんだが」


「え……、は?」


 指摘された内容を、ルーフは理解の内に収めるのに数秒の時間を必要とした。

 空白は短いながらも、確かに少年の意識のうちに存在している。


「あ、ああー! なるほど、なるほどな! そっちの方だよなっ、そりゃそうだ」


 あからさまに同様をしている、ルーフに向けてエミルがため息まじりの心配を向けていた。


「慌てるところ悪いが、作業のほうにあまり支障をださないでくれよ?」


 エミルに指摘されている、ペンの運びには幸いあまり影響を来たしてはいなかった。

 紙に指定された分だけ、墨を塗りたくる単純な作業。


 ルーフにとっては、たとえ外でちょっとした抗争が起きたとしても、ある程度対処できる仕事内容であった。

 さて、気を取り直して本題に戻らなくてはならない。


「モアさんに、会ったんだよな?」


 エミルがスマホ越しに少女、モアに出会ったことをルーフに確認している。

 魔術師に確かめられた、ルーフは特に感想を抱くわけでもなく、ただ事実を彼に伝えていた。


「そうだな、相変わらず正体の掴めないカンジだったよ……」


 紙の上に描かれた線と線の間、小さなバツ印にルーフはペンでインクを塗り重ねていく。

 ペンの柔らかな筆先が、乾いた紙の表面と触れ合う。

 サラサラとした摩擦音が、かすかに空間に降り積もっていく。


 ルーフが表現した近況や様子に、エミルは笑顔のような声音で受け答えをしていた。


「そうか、元気そうで良かったよ」


「ずいぶんと他人行儀だな?」


 指摘をした、その瞬間にルーフは自分の状況を再確認させられていた。


「……って、妹にロクに連絡もしてないやつが言えた台詞じゃねえよな」


 自分の発した言葉に気まずさを覚えている。


「とにかく、俺はモアに頼まれる格好で、この仕事場に呼ばれたんだよ」


 話題をそらしてみようと、試みたところで彼らの間には、また別の少女だけが存在しているに過ぎなかった。


「しかしながら、予想外に求人の倍率が高くなっているとは、思いもよらなかったな」


 エミルが意外そうな声を発しているのに対して、ルーフは小さく唸るような声を喉からこぼしている。


「いきなり現れて、気がついたらいなくなってたよ……」


 透明な少女、姿が透明であることもさることながら、そのほかの事についても謎が多すぎた少女トーコ。 彼女についてを思い出そうとして、ルーフは思考の大部分がトーコのほうに引き寄せられていくのを自覚する必要があった。


「結局、あいつは何者だったんだ?」


 ルーフがひとり、誰に向けるわけでもなく、自問自答のような問いかけを唇につぶやいている。

 少年が問いかけた内容に対して、エミルが形の上に限定された返事だけを寄越している。


「何って、アシスタント希望のやる気のある若いムスメさん、だろ?」


「いや、そういう事じゃなくってだな……」


 事実には変わりない内容でありながら、しかしてルーフが求める疑問とは方向性が異なっていた。


「その……魔力がなんやかんやヤバい事になって、体があんな風におかしい事になるのって、此処ではそんなに珍しくないことなんか?」 


「んー……そうだな、さすがに体が全部視認できなくなる程の症例は、ウチでもそうそう運ばれてこない案件ではあるな」


 ここでエミルが語っている「ウチ」と言うのが、この灰笛(はいふえ)という名を持つ都市、その中心にそびえ立つ医療機関のことを指している。


 地方都市のど真ん中にそびえ立つ古城、そこはモアという名の少女が管理する医療機関、のような役割も担っている。


 古城の関係者であるエミルの見立てに、ルーフはしかしながら上手く納得を作成できないでいた。


「怪獣レベルで暴走した奴でも受け入れちまう場所だってのに、透明人間の一人や二人、そんなに珍しくもないだろうよ?」


 質問の体を作ろうとした所で、図らずして詰問(きつもん)のような雰囲気を作ってしまった。

 だがルーフは言葉を訂正することをしなかった。


 言いなおそうと、思考を巡らせるよりも先に、エミルの方が先んじて彼に事実だけを伝えていたからだった。

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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