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的外れな美形が空から落ちてくる

 ハリの左手首から溢れた血液が、もれなく持ち主の意志によって形を得ていた。

 それは刀身の短い刃のような形状をしている。刀身は短く、ルーフの人差し指程度の長さしかない。


「医療用の、メス……か?」


 ルーフの脳内で記憶がひらめいた。現れた刃物の姿は、ルーフにとって見覚えのある造形をしていた。


「おお、よく分かりましたね」


 ルーフが予想を口に呟いていると、ハリが軽く驚いたように左指を少し上にかざしていた。

 少年が予想したとおりに、ハリはメスのような刃物を彼にも見えるような場所に動かしている。


「これを使って……、大事な中身を摘出するのですよ」


 これからしようとしている行為について、ハリはルーフに簡単に説明をしている。

 しかし魔法使いの説明はアバウトなものでしかなく、ルーフは結局彼の行動の中で理解を追いつかせるしかなかった。


 血液で作りだした赤黒い刃を、ハリは地面の上に転がっている怪物の死体、その死肉に沈み込ませている。

 サクサクと、湿った厚紙をハサミで切り取るような音が、しばらくの間継続されていた。


 音が続いている。

 そのリズムが終わる前に、ルーフは急かされるような心持ちで魔法使いの手元に視線向けていた。


 赤黒い刃が、怪物の桃色に艶めく肉を切り裂いている。

 次々と刃の鋭さが肉の隙間に沈んでいく。


 表皮の連続性を断たれた、真皮の白い輝きがあらわになる。

 本来ならば秘されるべき柔らかさに、断絶された毛細血管からの出血が次々と現れている。


 皮膚の下一枚を剥いだだけで、プリンのようにぷるんとした内側の肉が暴かれていた。

 黄色い脂肪の粒たちを削り取りながら、ハリのナイフはどんどんと下に、内側に先端を進ませている。


 血液やその他の体液に、ハリの指先が温かく染められている。

 切り裂かれた肉から、生命活動をしていた時の熱が段々と失われようとしている。


 温かさを失わないように、ハリは急いで刃物を目的の物体へと届かせようとしていた。


「んーと? もう少し右の辺りですかね?」


 目測と手探りを交互に、絶え間なく繰り返している。 

 そうして、やがてハリの刃が目的の器官に辿り着いていた。


「あ、ありました、ありましたよ」


 すでに背後にルーフの存在を自覚している。

 ハリは、ささやかな吉報を少年に伝えていた。


「なにが、あるんだよ?」


 何を見つけたというのだろうか?

 ルーフが疑問を抱いている、視線の先でハリはナイフから手を離していた。


 魔法使いの指から離れた、赤黒い血液のナイフは魔力による形を失い、するりするりと空間に解けて消えていた。


 これ以上はナイフを必要としない。

 密やかに主張をするようにして、ハリは切り裂いた肉の間に両の指をねじりこませていた。


 付着していた管のいくつかは、すでにナイフによって切断されている。

 後は表面にまとわりつく膜や筋を、指で剥がしとるだけの作業だった。


 そうして、ハリは怪物の体から決定的な要素、器官の一粒を取り出していた。


「摘出成功です」


 ハリが静かに喜びを言葉にしている。

 彼の手の平の中には、赤く艶めくひと塊の臓器が握りしめられていた。


 ドクンドクンと鼓動を打つ、赤色のそれは心臓のような形をしている。

 生きている、生物の臓器とよく似た性質を持っている。


 だが、それと同時にルーフは、ハリの手の中にあるものが「普通」の心臓などではないことを理解していた。

 血液の気配を大量に含んだ、肉の塊は所々に水晶の原石のような、くすんだ透明さを有している。


 心臓の宝石を摘出した、怪物の死体は途端にその姿を空気の中に、曖昧に溶かそうとしていた。


「それで、どうしますか? ルーフ君」


 心臓の宝石を左の片手に携えながら、ハリはルーフに向けて質問を投げかけている。


「この宝石を、もう一度古城へ戻ってモアさんに渡すか、そうしないか。ぜひとも、あなたに決めてもらいたいですね」


 ハリは決定権をルーフにたくしている。

 少年の意見を求めている様な格好を作ってはいるものの、魔法使いは最初から他者の意見など求めていないはずだった。


 ルーフは魔法使いにそんな感情、予測を抱いている。


「お返事がありませんね? ではボクの方で勝手に決めさせてもらいます」


 少年が予想したとおりに、ハリは結局のところ彼の意見を受け止めることなく、独断で次の行動を起こ素だけであった。


「よっこらしょっと」


 何かしら重たいものを持ち上げるかのような、そんな掛け声をハリは唇に呟いている。

 魔法使いである彼が左腕を上にかざす。

 すると、ビルの屋上に横たわっていた怪物の死体の下に、細やかな編み目が張り巡らされるのが見えた。


 雨に濡れる空気のなか、水分とよく似た重さの中で含まれている魔力。

 その力によって編み上げられた、それはまるで引き網漁に使われる道具のようだった。


 網に引っ掛かりながら、怪物の死体はズルズルとビルの外側へと、簡単に運ばれようとしていた。


「では、これはいったんお家にお持ち帰り、という訳ですね。そうなんですね」


 ハリが誰かにそう、確認をしている。

 独り言のような声を追いかけるように、ルーフは魔法使いの後に続いていった。

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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