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今日はどんな星に辿り着くのでしょう

 怪物を一体ツブしている内に、浮遊するビル群はどうやら目的の場所に辿り着いているらしかった。


「そろそろ降りましょう」


 ハリがルーフに向けてそう提案をしている。

 その動作はごくごく自然なもので、とりたてて特筆するような、特別なことは何も含まれてなかった。


 平坦さが、しかしてルーフにとっては異様なものにしか見えなかった。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ……」


「ん? どうかしましたか、ルーフ君」


 少年に呼び止められた、ハリはビルの淵から彼の方に振り向いている。

 少し伸び気味の黒髪が、首の動きと風の圧迫に激しくはためいているのが見える。


「お腹でも痛くなりましたか? それとも……ああ、下に降りるのが怖いんですね?」


 ハリは自分なりに少年の思考を予想しようとしていた。

 しかし魔法使いが考えようとしている、そのほとんどがルーフにとって見当違いもはなはだしいものでしかなかった。


「そうじゃねえよ!」


「えー、じゃあなんだっていうんですか?」


 ケチをつけるなら手早く済ませてほしいと、そう言わんばかりの魔法使いの様子である。

 相手が反論の余地を許している、開け放たれた隙間にルーフはすかさず意見を挟みこんでいた。


「それどころじゃねえだろ……! トーコが、トーコが……ッ!」


 怪物に襲われた際の状況、光景がルーフの頭の中に再上映されている。

 怪物の爪に引っかかった際の、少女が約一名落下した時の状況が思い出されていた。


 ルーフが光景を思い返している。

 その間にハリの方でも、ようやく少年が伝えんとしている内容を察し始めているようだった。


「あー、あーなるほど、トーコさんについて、ですね」


 ビルの縁に佇んだまま、あと少しで落ちそうな瀬戸際に足を着けたままで、ハリはルーフに安心だけを伝えようとしていた。


「彼女なら……ダイジョーブでしょう。仮にも魔法使いを自称しているんです、落ちて西瓜(スイカ)のようにグチャグチャになる心配はないと思いますよ?」


「やめてくれよ……具体的な想像をさせないでくれ……」


 頭の中にトーコと崩れた西瓜のイメージが……、重なりかけたところで、ルーフはイメージの欠落に戸惑いを覚えている。


「結局、あいつがどんな顔してたのか、知らないまま別れちまったな……」


 思い返してみれば、トーコの姿がどの様なものであるかさえ、知らないままで別れの状況に陥ってしまった。

 あらためて状況を言葉にしてみると、体験した内容があまりにも非現実的すぎていた。


 紛れもなく、もれなく自分自身が見た現象が、その透明さの中で曖昧になりつつある。

 少年の不安をどのように受け止めたのか、ハリは彼の左肩にそっと手を乗せている。


「大丈夫ですって。魔法使いなら、空のひとつやふたつ飛べないで、どうしようもないですよ」


 責任の居所をずらそうとしている。そうすることで、ハリなりにルーフの安心を演出したかったのかもしれない。


 しかしながら、魔法使いの心遣いは今のところ、ルーフに何ら意味を為さなかった。


「はあ……。トーコのことも気になるけどよ……」


 分かりやすく溜め息を吐きだした。その後で、ルーフは視線をゆっくりとある方角に向けている。

 短く限定された空白、間を惜しむようにゆったりと視線を動かす。


 やがて視界のなかに見つけるもの。

 それは怪物の死体であって、ルーフはその存在を認めたがらないように続けて溜め息を唇から零していた。


「この塊、どうするんだよ?」


 トーコの無事もろくに確認できないまま、そのままで、ルーフは自身の目の前に転がり落ちている問題点について考えようとしていた。


 ルーフから指摘された、彼の視線を追いかける格好でハリもまた、怪物の死体の方を見ている。

 少年にしてみれば、まさに読んで字のごとく眼前に転がり落ちているものだった。


「そんなにご心配しなくても、大丈夫ですって」


 しかしながら少年の杞憂とは遠く離れた所で、ハリはあくまでも仕事を腕の中に実行するにすぎなかった。


 足音が聞こえてくる。

 ルーフが左の方に視線を少しだけずらすと、ハリが怪物の死体の方に歩み寄っているのが見えた。


 足取りは軽く、ブーツの底は軽快にビルの屋上、その地面をリズミカルに食んでいる。

 ハリは軽快な動作を継続させたままで、怪物の死体の上に視線を落とし込んでいる。


 近くに寄ったままで、ハリは両足の膝を折り曲げている。

 しゃがみこみ、左腕に右の指をすべらせている。


 手首の辺り、皮と筋しかないであろう、その部分をハリは爪で軽く引っ掻いていた。

 切り込みを入れられた、桃色に拡張された傷口から血液が溢れだしてきた。


 最初はゆったりとした速度で、心臓の鼓動に合わせた滲出だけをしている。

 しかし緩慢な動作は最初の限定されたものでしかなかった。


 ぱちゅり、と柔らかいものが吹き出る音色が聞こえてきた。

 その次の瞬間には、ハリの左手首に大量の血液が吹き出ていた。


「うわ」


 赤色が大量に吹きこぼれている、光景にルーフが反射的な嫌悪感をあらわにしている。

 少年の拒絶感を背後に、ハリは自分の血液に指を滑りこませていた。


 ヌルヌルとした感触を指の腹に、溢れさせた体液が乾くよりも先に、ハリはそこに魔法の意識を巡らせていた。

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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