おはようございます、はじめまして世界
音色のような雄叫び、
男性の白い腕の中で、人間の眼球に見下ろされながら、繭の中の幼子は静かに呼吸をしている。
いよいよ意味不明が過ぎておろおろと戸惑うキンシは、繭の中身に突っ込んでいた手の力加減をつい間違えてしまう。
「ング~」
不快なのか、それともただの反応なのか、頬を圧迫された幼子が睡眠中の猫のようにうめいた。
「あ、あわわっ」
ドキンドキンとはやる心臓を抑えながら、キンシは慌てて腕の力をやさしく弱くする。
幼子の首が糸の海の中で、生まれたての赤ん坊みたいにだらり垂れる。
「お、お、い、き、気をつけろよ」
ルーフがキンシに注意をするがやはりその声はひどく震えており、言葉の端々に現実の異常さへの恐れが溢れかえっている。
「わわ、わかってますよ………」
それはキンシにも同様のことだった。
若き魔法使いは自身の両手を慎重に、丁寧に繭から抜いた。
寝顔と呼吸の雰囲気から眠りはそこそこ深そうに思っていたのだが、
「ん、、、ーン………」
しかしキンシの手が離れた瞬間、それまでぐっすりと眠っていたはずの幼子が唐突に覚醒の気配を漂わせてきた。
「うわ、わ? なんか起きようとしていますよっ、どうしましょう無能君」
「い? し、知らねえよ。どうもしねえよ、落ち着けよインチキ手品っ」
二人の十代はかなりわかりやすくしどろもどろに、挙動不審へと陥った。
「…………」
青年と幼女は何を言うでもなく、幼子の呼吸の気配を感じ取ろうとした。
やがて、幼子が開きかけの繭の中で本格的な覚醒をする。
曇天色のまつ毛がふるふると震え、しわ一つない瞼の中に埋め込まれている灰色の眼球が、まず最初に何処でもない虚空をぼんやりと見つめる。
それまで継続されていた眠りが消失し、暗闇から追い出された瞳孔が生き物らしく拡大と縮小を繰り返す。
与えられる光を整理整頓し視界を確保したところで、幼子は自分以外の何かを探して視点を動かし始める。
きょろり、きょろり。
きょろ。
その視線は判りやすく挙動している二人の子供へと、ごくごく自然な流れとして向けられることになった。
「アー、アー(*_*)」
これは、この音は幼子が発した声。
声には変わりないし、最大限人間っぽさが組み込まれている音声で。
しかしどうにもこうにも人間らしさが足りない、違和感が魚の小骨のように引っかかる。
そんな感じの声だった。
「え?」
だから最初、キンシとルーフはその音が幼子の喉と舌から発せられるものだと、すぐに素直に判断することができなかった。
キンシが若干呆け気味の表情のまま、幼子に顔を近づけてゆっくりと丁寧に語りかてみる。
「あ、あのー………」
「ウ(・・? 」
幼子はすぐに反応を示す。
聴覚もちゃんと機能しているらしい。
となると、キンシは迷ってしまう。
………なんと話しかけるべきか………。
「えーっと」
考え、考え、
五秒ほど迷った後。
「は、ハロー!」
結局キンシは微妙に調子の外れた挨拶をすることしかできなかった。
脈絡のない大声に幼子は一瞬きょとんとして、
そしてすぐに
「ハ! (・∀・)ノ」
割と明るく快い表情で返事らしいことをしてくれた。
体の動きに合わせて柔らかい灰色の頭髪が揺れる。
あ、なんか可愛いかも。
二人の十代の若者は、ほぼ同時にほとんど同じの感情を抱いた。
夕暮の赤色に飲み込まれました。




