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君のおごりで蜜を飲み明かそう

 ビルの屋上にのぼった時と何も変わらない。少女が一人、怪物に襲われているというのに、ハリという魔法使いはその事実に何ら重要度を抱いていないようだった。


「さあ、早速戦いを始めましょう!」


 これから美味いホットケーキでも焼くような、そんな気軽さで、ハリは怪物との戦いに望もうとしている。

 魔法使いがやる気をだしている、そのすぐ近くでルーフはただただ動揺するばかりだった。


「待ってくれ……! その前に……!」


「ん? どうかしましたか、ルーフ君」


 戦闘のために身構えようとしながら、ハリはルーフの様子を軽く気にかけている。

 今のところは平坦とした様子で、あたかも冷静そうに少年の様子に気を配っている。


 魔法使いの様子が、しかしてルーフには何もかも理解しがたいものでしかなかった。


「どうして……どうして! 怪物がこんな所に出てきたんだよ」


 ルーフが問いかけている。

 内容に対して、ハリは簡単な受け答えだけをしていた。


「獲物の匂いがしたんでしょう、匂いに誘われてしまったのです」


 まるで怪物の心……、その有無は関係なしに、仮にそんなものが存在するとして、彼らに寄り添うようにしている言葉遣いだった。


 言葉の使用の具合にルーフが違和感を覚えている。

 その間に、ハリは早くも怪物との戦闘に参加をしていた。


「とうっ!」


 ビルの最上階、縁に真っ直ぐ走り込み、そのままの勢いで飛び出している。

 支えられるべき地面を失った体は、本来ならば重力に従って落下を起こすはずだった。


 しかし、そうはならなかった。

 重力に逆らう魔法使いの姿は、すでにルーフにとっても見慣れた光景の一つへと変わりつつあった。


 ふわりと無重力状態になった体を回転させながら、ハリは視点を怪物のいる方向へと安定させようとしている。


 魔法使いが魔法を使おうとしている、その様子をルーフは追い立てられるような心持ちで眺めていた。

 そうしていると、不意に少年の背後に何ものかが触れる、気配が近付いてきていた。


「ん?」


 最初はさらさらと、そよ風のようにかすかな感覚でしかなかった。

 だが次にまばたきをする頃には、ルーフの体はビルの上から軽々と持ち上げられていた。


「うわーっ?!」


「ルーフ君!」


 空中にはばたく怪物の爪、その先端がルーフの背中に引っかかっている。

 グラリと体が持ち上げられるのを、ルーフの意識は為す術もなく受け入れるしか出来ないでいた。


 最初はビルの最上階、コンクリートに固められた表面を、ルーフの履いているスニーカーが這うように引きずられている。


 ズルズルとビルの上に引きずり回されている。

 ルーフは自分の状況と同時に、先に怪物に捕らえられているトーコのことを考えていた。


「トーコ?!」


 少年が少女の名前を唇に叫んでいる。

 彼に名前を呼ばれた、トーコはしかし彼に返答をしなかった。


 何故ならば、彼女の体を空中で支えていた爪が、羽ばたきと動作の中で辛うじて保てていた均衡を崩してしまっていたからだった。


 ビリリと、布が小さく短く破れる音がきこえた。

 そのすぐ後に、何か、何かしらの重さがあるものが怪物の爪からこぼれ落ちる、そんな気配が聞こえてきた。


「きゃー!」


 おそらくはトーコの喉から発せられたであろう、絹を切り裂くような悲鳴が虚空の中に溶けていった。

 後に残されたのは少女の発した悲鳴の残響と、少しだけ軽くなった怪物の爪だけだった。


「トーコが……ッ!」


 彼女が落ちたことを、ルーフは何よりもまず誰かに伝えようとしている。

 落下事故のことを知っているのは自分しかいないと、そう信じきっていたが故の行動であった。


 だが、少年の心遣いはこの場面において、あまり意味を為さなかったようだった。


「だおらあっっ!」


 少年の叫びを聞いているのかいないのか。

 いずれにしてもハリは跳躍の後に蹴りを一つ、怪物の体に食らわせているのが先の出来事であった。


 激しい衝突音の後に、怪物の体が衝撃の方向に合わせて揺らめく。

 その動作と連動する格好にて、怪物の爪に引っかかっているルーフの胴体も揺れ動いている。


「うわー、ううーわあー?」


 グラングランと揺れ動く体と視界のなか、ルーフは首を上に向けている。

 見上げた先、上か下かも分からない虚空の中。そこにハリは、いかにも魔法使いらしく、空に浮かびながら怪物の相手をしていた。


「もう一撃!」


 前フリのような叫び声を、ハリは己の行動の予備動作として喉に叫んでいる。

 叫び声のあとに、ハリは虚空の中で体を弾丸のように縮ませている。


 屈折させた体の内側に力を、魔力の存在を凝縮させる。

 とどまったもの、それらを解き放つ、勢いは弓の弦を放つほどの質量を有していた。


 重力の方向性を怪物の胴体に固定した、真っ直ぐ向かう蹴りの攻撃性が怪物の肉体に炸裂する。

 大人の男、約一名ぶんの重さを得た蹴り技を受け止める。


 怪物の胴体に、衝撃に合わせた裂傷が生まれようとしていた。

 ビリビリと柔らかいものが引き裂かれる、音色は少女が落下した時とよく似た気配を有していた。

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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