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わたしがあなたに変わろうとした瞬間

こんばんは、ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 とにもかくにも、なんにせよルーフは右義足に備え付けられた魔法陣を使いこなす必要があった。

 そうしなければ、魔法使い連中は自分のことを問答無用で置いてけぼりにする。その現実を、ルーフは易々と想像することができた。


「そんな大わらわにしなくても、ボクたちはルーフ君の好きなようにすることを望みますよ?」


 ビルの側面に、まるで当たり前かのように直立している。

 ハリは魔法を使いながら、重力の向きを変更している。その動作の中でルーフの動揺を抑えつけようと試みているらしかった。


 それが善意であるのか、あるいは何かしらの企みの一環にすぎないのか。

 今のところ、ルーフには後者の可能性の方がどうにも強く予感せずにはいられないでいた。


 魔法使いの計画が継続している、その間に自分はすぐにでも、この魔法陣を使いこなさなければならない。

 そうしなければ、少しでも既定の位置を越えた途端に、自分は無用としてこの場所に取り残される。


 まだ何も理解していない、知らない地方都市のさなか。

 浮遊するビルの群れに独り置いてけぼりを食らわされる、自分の姿を想像してルーフは静かに焦燥感を募らせていた。


「ちょっと待ってくれよ……」


 右の手の平をハリのいる方にスッと差しだし、しばしの停止を彼に求めるジェスチャーを作ってみせている。

 相手の同意を得るよりも先に、ルーフは右の義足に強く意識を働きかけていた。


 右の義足、そこには相変わらず輝く魔法陣が稼働し続けていた。

 麦わら色に輝くそれが刻々と、カチカチと動作している、その間は浮遊力が保たれていることをまず考える。


 想定した上で、ルーフはまず現状を維持することを一つ考えていた。

 魔法陣をここで停止させれば、その後に待っているのは自然の重力、ただ下に落ちていく。


 つまりは落下であると、考えたルーフは魔法陣を支配することを諦めていた。

 現状では全てを理解し、把握することは到底無理である。


 であれば、今はただ道具に身を委ねるのも一つの選択、空の飛び方としてはより正しさに近しい。


「すぅー……」


 深く息を吸い込む。

 雨の匂いの中に、溶かしきれなかった都市の排気ガスの気配が鼻腔を掠める。


「はあー……」


 息を吐きだす。

 排出する二酸化炭素はルーフの内側の気配を多く含んでいる。


 一つのことを諦めた、余分の中でルーフは魔法陣と自分の体が同調するのを、肌に感じていた。

 ぬるくなった茶を口に含んだ時の、もったりと柔らかい感覚が口の中に再現されている。


 次第に体を振動させる力の流れがゆるくなる。

 次に視界のなかに意識を取り戻した時、ルーフの体は魔法使いの腕を離れて、ひとりでに浮遊状態を保っていた。


「おおー、もう使いこなしちゃったのね」


 ルーフが呼吸を整えていると、彼の右耳にトーコの小さく驚いたようんな声が届けられていた。

 首の向きを右側にすると、そこにはただの空白があった。


 空白の中、浮遊移動をするビルを背景に、何も見えないそこからトーコの声が聞こえてくる。

 

「複雑そうな魔法陣だけど、ルーフ君の手にかかればちょちょいのちょい、って感じね」


 賞賛のような言葉を選んでいながら、ルーフはその声音に褒められる感触をどうしても感じられないでいる。


「別に、使いこなそうとしている訳じゃねえよ」


 込められた感情の姿を予想するよりも先に、ルーフは先に謙遜のようなものを口先に用意していた。


「むしろ俺が魔法陣に使われているって感じだ」


「あら、そうなの」


 ルーフの持論を、トーコはあまり関心がなさそうな素振りの中で、軽く受け流している。

 そんなことよりも、とトーコはルーフに現状を共有しようとしていた。


「それはそうと、はやくビルの一個にしがみつかないと、本当に置いてけぼりを食らわされちゃうわ」


 提案をしていると同時に、トーコの声がルーフの浮遊している空間から離れていく。

 遠くなる少女の声を聴きながら、ルーフは自分の周りの状況に視線を巡らせてみた。


 日の光が遠く感じる、それはルーフの周辺を浮遊ビル群が取り囲んでいるからであった。

 ずらりと並んでいる、コンクリートとガラスの四角柱の群体。


 ルーフは少しの意識を右足の魔法陣に向けて稼働させている。

 できるだけ力まないように、気合を込めず、チラリと予感をさせる程度。


 意識的に短くされた思考、それに合わせて魔法陣がなめらかな上昇を起こしていた。

 最初の急速さとは大きくかけ離れている、古ぼけたエスカレーターのような上昇であった。


 ゆるりゆるりと昇り、やがてルーフはビルの側面の一つに体を密着させている。

 窓の一枚、そこに許された(へり)を指で、足で掴んでいる。


 まるで毛じらみのように付着した、少年の体ごと浮遊ビルは規定された場所を漂い続けていた。


「はあ……」


 自分で動く必要がなくなった。 

 しかしながら、ルーフは自動で移動する状況にどうにも安心感を抱けないでいる。


 まだ空を飛ぶことに慣れていない、自分の未熟さ具合が、この地方都市に存在している状況の負荷になっている。

 その様な気がして、どうしようもなかった。

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