食べたい、食べたい、甘いの食べたい
右足の義足、そこには大量の魔法陣と思わしき光が、その表面にこれでもかと付着していた。
ルーフが喰われたのは右足、脚部のほとんどであって、なので付け根から爪先のほとんど全てを義足によってまかなっている。
右足の付け根から、義足の白くなめらかな表面が空間にすらりと伸ばされている。
魔法陣の光が多く生じているのは、足首の辺り、本来ならば太く長い腱が埋まっているはずの場所だった。
歩行をする際に重要な役割を担う腱があるはずの部分、そこに大きな魔方陣が一枚、刻々と刻印を展開させている。
完全なる円形とは少し異なる、その魔方陣の基本は五角形であった。
五角形の辺に一つ、小さな丸い歯車のような、小型の魔法陣が忙しなく移動をし続けている。
小さな円の中心には、ロゴマークのような文様が印刷されてある。
円が五角形の内部を動く間も、中心のロゴマークは同じ形を保ち続けていた。
円の中心のマークに気を取られている、その間に魔法陣は動作を時計の針のように刻み続けていた。
回転がある程度繰り返された、その頃には義足全体に浮遊のための魔力が循環させられていた、らしい。
実感が持てないのは、ルーフ自身が依然として、イマイチ義足に組み込まれた術式を把握できていない事が関係していた。
どうして自分の使っている義足に、こんなトンデモな機能が授けられているのだろうか?
確かに、これからハリのような魔法使いの相方をするとして、空のひとつでも飛ばなければ話は始まらない。
という意見も、受け入れざるを得ないことは、ルーフにとっても重々承知のこと。
そのはずだった。ルーフは自らに一粒の納得を与えながら、頭の中では一人の少女のことを思い返していた。
この右の義足を自分に与えた、モアという名の、美しい青色の瞳を持つ自動人形。
彼女のことを思い出している。その間にも、ルーフの体は次々と上昇を起こし続けていた。
上に、上に、上がり続ける少年の体を、トーコは自らの未熟な魔法でどうにか追いつかせようとしている。
「ルーフ君! ルーフ君!」
しかし透明なトーコの存在が希薄な魔法では、ルーフの持つ義足に搭載されている、本格的な飛行魔術式には、とても対応しきれそうになかった。
「危ない!」
下方でトーコがルーフに向けて、そう叫びかけている。
ほとんど悲鳴に近しい声が、ルーフにとってはどうにも不思議な音色として聞こえて仕方がなかった。
ほんの数分前までは、自分の存在を奪おうとしていたはずの彼女が、今この瞬間は自分の身を案じている。
少女の感情を読み取れないまま、そのまま、ルーフは上昇する体を浮遊するビルの側面に激突させようとしていた。
「……ッ!」
ぶつかる!
問答無用で近付いてくるビルの側面。ガラス板の分厚い平面がルーフの体を圧迫し、衝突による圧力の中で骨を粉々に粉砕しようとした。
予感した衝撃に備えなくてはならない。
ルーフは無駄だと分かっていながらも、せめて自分の意識を守るための体を硬直させている。
まぶたをきつく閉じる。閉じられた内側の暗黒に、夜空の星のような明滅が幾つか生じていた。
チロチロと輝く、光の粒が生まれては消えるを繰り返している。
「…………、……?」
しかし、充分に待機してもルーフが予想した衝撃が訪れることはなかった。
未知なる状況に恐れ戦く……とまでは行かずとも、ある程度予測しきった動作の中で、ルーフはまぶたをゆっくりと開いている。
「大丈夫ですか?」
見上げれば、ビルの側面に立つハリがルーフの体を抱えている、その姿を見ることができた。
「ああ、大丈夫っす……」
早くも強い疲労感を覚えている。出だしから気力を大きく削がれていながら、それでもルーフは自らに生じている魔力の存在に感心を抱いていた。
「とりあえず、右足のこれ、どうやったら止まるか教えてくれへんかいな?」
ルーフがハリにそう頼みごとをしている。
少年が魔法使いの腕の中で困惑している、その間にも彼の右足の義足には、魔法陣がぐるんぐるんと回転をし続けているのが見えた。
荒ぶる少年の右義足を見て、ハリがなんとも愉快そうに、口元に笑みを浮かべている。
「すごいですねー、これ。もしかして? お嬢さんからいただいたものですか?」
「その通り、ご名答っすよ」
やっぱりと、ハリは自らの予想が小さく当たっていたことに微かな喜びを覚えていた。
「あー、やっぱりー。でなけりゃ、あんな精度の高い魔法陣を君が描けるはずもないしなー」
謎に安心した様子で、ハリはルーフの体を抱えながら納得を一粒作り上げている。
「もしも君がそんな、とんでもなく完成度の高い魔法陣を、ひとりで、ひとりで! 描いたらボクは……。嗚呼ボクは……」
「……何だよ」
謎に勿体ぶるハリの様子に、ルーフはつい合いの手のような質問文を口にしてしまっている。
問いかけている、少年の言葉にハリは、決まりきったかのような返事をよこしていた。
「モチのロンで当然に、君を殺したくなるほど嫉妬したでしょうね」
「…………」
拒絶をしようとした。だが同時にルーフは、不思議と魔法使いに同調をしてしまっていた。
「そうだよなあ」
仕方なしに同意を反復させている。
少年と彼の同調が、雨風と共に虚しくビルの隙間に通り抜けていった。
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