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根性はキめる場所を間違えている

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 浮遊するビル群がゆったりとした速度で、しかし確実に自分たちの頭上を通り過ぎようとしている。

 その光景はある種の荘厳(そうごん)さがあった。

 まるで、未知なる巨大生命体の営みに遭遇してしまったかのような、そんな感じの緊張感がルーフの背筋を撫でていた。


 依然として見慣れぬ光景は、ある種の緊張感を田舎者のルーフに覚えさせる。

 だが、見惚れたいのはやまやまではあるが、現状注目すべき事柄はそれだけに済まされそうになかった。


「使うって……? どういうことなんだよ」


 魔法使いが発した言葉の意味について、ルーフは思考をどうにかして辿り着かせようとしていた。

 少年が懸命に思考を働かせようとしている。その動作を他所に、魔法使いであるハリは再び体から重力を削り落としていた。


 貯水タンクからハリ一人分の重さが離れている。無重力な状態になりながら、ハリは視線を上に、浮遊するビルの群れに固定させていた。


「それでは皆さん、各々で好きなビルに掴まってくださいな」


 たったそれだけの指示を出すと、ハリは再び重力の向かう先を上に変更していた。

 空に落ちていく、魔法使いの姿をルーフはぼんやりと眺めている。


 いまいちはっきりとしない意識の中で、ルーフがただ目線だけで魔法使いの後を追いかけている。

 そんな少年の右隣から、トーコが急かすような声をかけている。


「なにしてんのよ、急がないと置いてけぼりになるわよ」


 そう言いながら、トーコはすでに体をふわりと浮かばせているようだった。

 ハリとトーコ、それぞれの魔法の気配を肌や鼻腔に感じながら、ルーフはただ一人戸惑うことしか出来ないでいた。


「急ぐもなにも……、俺、空なんて飛べないんですけど?!」


 今更ながらの新事実、しかしながらルーフにしてみれば、当たり前の事象でしかない。

 だが、ここでは少年の常識は必要とされていないことも、また明白なことであった。


「ええー、そうなのー?」


 トーコが驚いたかのような素振りを作ろうとして、ものの見事に失敗している。

 大した問題でもなさそうに、トーコは少年に空を飛ぶことを推奨していた。


「でも、こういうのってやっぱり一回経験しておかないと、やっぱり後々になってどんどんメンドくさくなるんじゃない?」


 足の裏を地面から離す音、気配を発しながら、トーコはルーフに魔法を使うように推奨している。


「自転車の補助輪を取るときといっしょだから。一回飛んじゃえば、あとは癖になってずっと体に残ってくれるから!」


「そんな、単純な話なのか……?」


 ルーフが戸惑っていると、彼の指に突然あたたかな人間の皮膚と思わしきものが触れていた。 

 それがトーコの指であること、そのことに気付いたころには、ルーフはすでに彼女の皮膚の下を流れる血液の存在を意識していた。


 トーコがルーフに、空の飛び方をささやきかけている。


「体の中の魔力を燃やして、燃えた空気が上に向かって昇って行くのを、イメージすればいいんじゃないかしら?」


 トーコにそうアドバイスをされると同時に、ルーフの脳内に一本のキャンドルが登場してきていた。

 頂点に(だいだい)色の燃焼が輝いている、その周辺に生まれる空気の流れについて考えてみた。


 上へ、上へと昇る、この世界に確かに存在している要素が動いている。

 ルーフはそのことについて考えた。


 考える、と同時に謎の起動音がルーフの周辺を、そして鼓膜を震動させていた。


「いま、何か音が……?」


 ルーフの声にトーコが返事をする余分もなく、彼の体は建物の屋上、給水塔の頂点より遥か上に跳び上がっていた。


「は……ッ?」


 一瞬何が起きたのか、やはりルーフには何も理解することができなかった。


「ルーフ君?!」


 少年の急上昇は、彼に空を飛ぶことを推奨していたトーコにとっても、かなり意外な展開であったらしい。

 上昇する彼の体を追いかけるよりも先に、少女は目の前で起きた事象を解析しようとしている。


「あれは! 魔術式の反応?」


 冷静に分析をしている。

 トーコの声を下方に、ルーフは自分の体に働きかけている重力の動きに、ただただ慌てふためくことしか出来ないでいた。


「うわー、うぅーーわあーーーッ?」


 叫び声を上げている、それはほとんど悲鳴に等しい音声の姿をしていた。

 唇を目いっぱい広げる、喉の奥から体が許す限りの叫び声をあげ続けている。


 そうしていながら、しかして同時にルーフは自らの内側に、冷静に状況を判断しようとする目線の存在を自覚していた。


 四方八方にグルグルと回る視界のなかに、ルーフは一つ、この動作の根源となっている力の存在を体に感じ取っている。


 力の元、暴走の源、それは少年の右足から発生しているらしかった。

 右の足、そこは怪獣に喰いちぎられたことによって、空白が生まれていた場所。


 義足によって肉体の空白、必要とする機能を埋めあわせていた。

 どうやら、この唐突なる上昇はもれなくその義足によって生み出された現象であるらしかった。


 縦横無尽に吹きすさぶ突風、風圧にもまれている視界。

 生理的な涙を懸命にこらえつつ、ルーフは自らの右足に生じている魔術の反応をその眼に見つけ出していた。

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