美酒の甘さに酔うこともできない
トーコの透明な体から血液が大量にあふれ、止めどなくこぼれ落ちている。
自分の放った弾が少女の肉を貫いている。
ルーフは実感を覚えるよりも先に、自分が起こすべき行動を体に起こしていた。
「ッ……!」
両足を上に振り上げる。見えない先に少女の体がある事を願いながら、振り上げた足を右に薙いでいた。
柔らかいものにぶつかる、爪先に感触を覚えていた。
トーコの透明な胴体を蹴り上げ、体の上から激しくどかしている。
右側の耳に人の体が倒れ込む気配と音を聞きながら、ルーフは息つく暇も無く体を起こしている。
右足と左足、それぞれの違和感を行動の中に無理やり流し込んでいる。
ふらりと立ち上がり、ルーフは腕の中に抱える武器を、トーコに向けてかまえ直している。
銃口のまるい暗闇を真っ直ぐ、トーコが倒れているであろう空間、地面の上に固定する。
引き金に右の指を密着させながら、いつでも第二の弾丸を放てるように、準備を素早く整える。
呼吸を短く、一回だけ空気を循環させる。
酸素を取り込んだ体で、ルーフは自らに実行すべき命令文を言葉にしている。
「動くな」
ルーフは銃口を向けた相手に言うべき台詞、決まりきった文句、テンプレートの歌詞を呟くようにしている。
少年に命令を下された、トーコは血を流しながら彼の言葉に、まずは従順の姿勢を返信していた。
「言われなくとも、これじゃあ動けそうにないわ」
透明な体から発せられる言葉には、先ほどまでの覇気と思われる音色はまるで感じられなかった。
呼吸は苦しそうだった。身体の肉を少し稼働させるだけでも、体力の摩耗が激しそうである。
「まさか、本当に撃つとは、思ってもみなかったわ」
荒くなっている吐息の合間に、トーコはルーフの行動に対する賞賛を贈っている。
「油断したわ。ちょっとあなたのことを、見くびりすぎていたかも、しれない」
言いながら、トーコは撃たれた場所に透明な手の平をあてがっている。
体の内側から溢れている体液は、ルーフの肉体の内側、血管の中を流れるそれとなんら変わりはないように見える。
真っ赤な色は人間の持つ赤血球のそれと、同じ色素と要素を含んでいそうだった。
少し鼻の穴をヒクヒクと広げれば、鉄分と塩分の混ざり合った水の匂いを嗅ぎ取れそうである。
傷口からあふれる体液の存在に、ルーフは意識を奪われないように集中力を凝らす必要があった。
「勝負は、これで終わりでいいんだよな?」
銃口をトーコの方に固定させたままで、ルーフは確認事項を彼女に伝えている。
少年に確認をされた、トーコはただ素直そうな気持ちで返事を口にしていた。
「ええ、降参よ」
言い終えると同時に、血が付着している手の平と思わしき部分をゆらりと上げていた。
ヌラヌラとした血液にまみれた表面を、空から降る雨がぽたぽたとそそぎ落している。
「はい! お疲れ様でっしたー!」
少年と少女が互いに納得をし合っている。
そこにハリが、今までの空気感からとは大きく異なっている声音にて、彼と彼女の間に介入してきていた。
「終わり、これで終わりですよ」
場面の終了をこれでもかと主張している。
ハリはまず、横たわっているであろうトーコの方に身を屈めていた。
「あらあら、あらら。これはなかなかに、それなりに、手酷くやられてしまいましたね」
トーコの傷口の具合を簡素に診ながら、腫れ物にでも触れるかのような声音を使っている。
戦闘による興奮が早くもいくらか冷めてきた、ルーフが胸の内に不安を抱えながら、トーコの方に歩み寄っていた。
「良いのか? ……それとも悪いのか?」
アバウトな質問文を口にしながら、ルーフは一刻も早く少女の安否についてを知りたがっている。
先ほどは色々とショッキングな出来事ですっかり失念していた。
だがよくよく考えて見れば、自分は一個の命を奪える可能性のある一撃を、少女に向かって放ってしまったのである。
ルーフの銃撃によって体に風穴をあけられた、トーコがあからさまに力の無い様子で返事を寄越している。
「ああー、これはダメねー、もうあと数秒でわたしの命は終わりを迎えてしまううー」
間延びした声の調子。
それがどうやら、トーコなりに少年のことを安心させようとしている、その計らいであるらしかった。
だがルーフ本人が少女の気遣いに気付こうとした、それよりも先に彼女の体を治療する手が伸びていた。
「とりあえず傷口を簡単に塞いでしまいましょう」
横たわっているトーコの体に、ハリが左の指をスッとかざしていた。
血液が次々とあふれている、真っ赤な穴の周りに黒い水が集約されている。
それは空気中に水分のように含まれている魔力で、集められたそれがトーコの傷口に覆い被さっていた。
「とりあえず止血をしたので、あとは……」
左指の先をくるくると回転させながら、ハリは周辺へ少しだけ視線を巡らせている。
「すぐ近くに病院がございますが、どうします?」
魔法使いにそう問いかけられた。
透明な少女は、問いかけにすぐさま答えを返している。
「それはカンベンね」
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