クローゼットに甘い秘密を詰め込もう
右手に握りしめた刃を少年の肉に食い込ませながら、トーコは彼に質問をしていた。
「どうかしら? 痛い? 痛くない?」
透明な少女に問いかけられた、ルーフは彼女の問いかけている内容を理解することができないでいた。
言葉を素直な気持ちのまま、そのままの意味で受け止めるとしたら、少女は痛覚の有無に関してを確認していると考えられる。
自分の体に侵入している刃、異物の存在を強く意識しながら、ルーフは彼女の言葉の意味を考えようとする。
質問の意味がまるで分からなかった。分からないなりに ルーフは彼女の行動を理解しようとした。
「痛い……」
体を刃物で深く、深く切りつけられている。
骨に至るまで深々と切りつけられた、その状態から察するに、自分は今痛みに泣き叫んでもおかしくないと考えた。
思考をそこまで至らせた、その所でルーフはすぐに新しい違和感の存在に気付かされている。
「あれ……? あんまし痛くないな」
肉を深々と傷つけられているというのに、そのはずなのに、ルーフは自分の体が拒絶を起こしていないことに違和感を覚えていた。
痛みを覚えていない。たしかに異物感は存在しているというのに、肉を深々と切り分けている部分に、然るべき痛覚がまるで感じられなかった。
「痛くない、のね」
ルーフの上に覆いかぶさるようにしているのだろう。
トーコは右の腕に円形の刃を握りしめたまま、そこに少年の肉を捕らえながら質問を継続している。
「この刃があなたの体の一部になる、そうなるまで、わたしはこの手を離さない」
右側に握りしめた刃を少年の体に食い込ませたままで、トーコは彼に向けてそう話しかけている。
少女の宣言を聞いた、途端にルーフは自分の状況が続けて理解することができていた。
自分の肉体に食い込んでいる、刃は自分の一部に組み込まれようとしていた。
確かに異物としてそれぞれの個体を保っていたはずの、境界線が時間の経過共に薄れていくのを、ルーフはまさに肌で実感していた。
「このまま、繋がり合ったままで、わたしと同化してもらうわよ」
少女がなんのことを言っているのか、言葉だけではとても理解できそうになかった。
言葉によるコミュニケーションを置いてけぼりにしたままで、ルーフの体は少女が主張している行為に染められようとしている。
「その体をよこせ!」
刃で少年の肉を捕らえたまま、トーコが存在しているであろう場所から、柔らかいものがうごめく気配が聞こえてくる。
クチャリ……、と湿った音色がルーフの喉元に押し付けられる。
硬いものが触れる、前歯を突き立てられていることにルーフが気付いている。
ちゅうちゅうと肌を吸われている。
蚊のように体液を吸われているのだろうか、姿が透明であるため、ルーフは視覚的に自分の状況を知ることができないでいる。
首元にキスをされている、唇の感触だけがルーフに理解することができていた。
透明な唇は首元をたどりながら、少年の存在を確かめるかのように、少女は両の手を彼の頬に寄せている。
カララン、と刃の一枚がアスファルトの上、少女と少年が寝そべる地面のすぐ近くに転げ落ちる音が聞こえてきた。
それはトーコが左手からチャクラムのような刃を手放した、重力に従って刃が転げ落ちた音に違いなかった。
右手に握りしめられていたもう片方の刃は、ルーフの左肩にしっかりと食い込んでいる。
斬撃が単に体表に傷をつけることを目的としているのではなく、獲物をその場に固定する機能を持ち合せていた。
新しい事実にルーフが納得と共に、その合理性に感心めいた感情を抱きそうになっている。
感嘆の溜め息でもひとつ、吐きだしておきたい所ではあった。
のだが、しかしルーフの行動はトーコの唇によって阻まれてしまっていた。
「んむぅ?」
少女の唇と、ルーフのそれがぴったりと密接している。
トーコにキスをされている、ルーフは自らの状況がまるで理解できないでいる。
どうして? 理由を考えようとした、その所でルーフは自分の体から何かが吸い取られていく感触を覚えていた。
触れ合っている唇だけではない、体を密接している、触れ合っている皮膚から全て、余すことなく要素を吸い取られている。
何を吸い取られているのか?
具体的な事を考えようとして、しかしてその意味を探そうとする思考力さえも、トーコに吸い取られていく感覚があった。
存在を奪われようとしている、今はその事だけを考えていればよかった。
理由はそれだけで充分だった。
奪われてたまるものかと、ルーフは指先に残された感覚になけなしの主柱力を注ぎ入れる。
指を曲げる、右側のそこは武器の引き金に触れ合せたままだった。
引き金を引く、指先から作動した攻撃の命令が、静かに武器へと下されていく。
銃口から光が放たれる、それは魔力を固めた光の弾だった。
魔力の弾は軌跡を描きながら、銃口に定められた対象を貫いていた。
ぱたぱた……、ぱたぱた……。
生温かい雫が上から落ちてくる、それはトーコの血液で間違いなかった。
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