ファストフード店の金欠とやるせなさ
刃が振り落とされようとしている。動作を上に見ながら、ルーフは退避を図ろうととしていた。
考えるよりも先に体が動いていた、反射的に体が逃げることを選んでいた。
それは当然の行為ではあった。逃げなくては、そうしなければそのまま、皮と肉の数グラムかがルーフの肉体から冷たく切り離されていたことだろう。
最初の斬撃を上手く回避した。振り落とされた刃がアスファルトにぶつかる。
白く輝く硬い刃と、ただそこに敷き詰められた黒い地面が衝突しあう。硬い音色が少年と少女の空間に響きわたった。
トーコの腕がビリビリと痺れている、ルーフは後ずさる体の中で彼女の感覚を勝手に想像している。
相手の姿、その表情が見えないがゆえに、ルーフは自分の想像力がある種の暴発のようなものを起こしているのを、どこか他人事のような視点で把握していた。
もしかすると、自己が想定している以上に、目の前に居るであろう透明な少女に対して、強い関心を抱いているのかもしれない。
ルーフがそう自己判断を下している。その速度は刹那ほどの速さで、まばたきをする次の瞬間には、すでに過去に思い返される情景に組み込まれてしまっている。
少年が思考を重ねている。その間にも、トーコは引き続き攻撃の意識を彼に集約させていた。
アスファルトにキスをさせていた刃を、そのまま上に、上に運ぼうとする。
ガリガリガリッ! ガリガリガリッ! 刃がアスファルトと激しく擦れ合う、音色が空間の中に新しく重ね合わされていく。
風を切りながら上昇する刃を、ルーフは続けて退避の状態で回避しようとする。
刃のきらめきが目の前を通り過ぎていった。
熱がプツリ、と生まれる。鼻先に感じたそれが、皮一枚を刃に削がれた感触だった。
そのことにルーフが気付いた、それと同時にトーコが更なる追撃を少年に食らわせようとしていた。
振りかざした刃を、トーコは逃さないように、少年の頭部へと振り落とそうとしていた。
殺すつもりだったのだろうか? おそらくそのつもりだったのだろうと、ルーフは一人で妄想している。
殺されてもいいかもしれない。ルーフは後ろに倒れ込む体の中で、妄想の続きに耽っていた。
買ったばかりのエロ本の、千円相当の表紙が艶めく新鮮で薄い膜を、爪でカリカリと引っ掻くときのような。そんな期待が胸の内に沸々と沸騰する。
殺されたいという事は、自殺願望でもあるのだろうか?
トーコが円形の刃を再び上に構えている、その光景を上に眺めながら、ルーフは自問自答の声を聞こうとした。
耳を傾けようとする、しかして動作の中でも少女の殺意は当然のように続行されている。
分かりやすい結果が刃の形を模して、攻撃と言う行為の中で再びルーフに結果をもたらそうとしている。
ほとんど仰向けに等しい状態の中で、ルーフは後頭部にアスファルトの冷たさを感じ取っている。
雨に濡れているそこは、夕闇に染まろうとする空気の冷たさを思う存分吸い込んでいた。
かすかに匂う、土の匂いとはまた大きく異なっている、都市の匂いにルーフの鼻腔がヒクヒクと蠢く。
トーコが刃を振り落した。間違いなく少年の頭部を破壊するために、魔法の武器で彼の存在を阻害しようとした。
攻撃を受けようとする、ルーフは地面の上で攻撃を受けるための準備を整えている。
これから殺されることを期待しているというのに、どうしてその願いに反する行為をしてしまうのか。
ルーフは右腕に携えていた銃を、その口をトーコの方に差し向けながら、自らの行為に理解不能の旗を掲げずにはいられないでいた。
銃口がこちらを向いている。丸い小さな暗闇が、トーコの行為に少しのブレを生じさせていた。
少年が引き金を引けば、形勢は一気に変化を余儀なくされる。
聞こえるはずの無い銃声の気配を、トーコは果たしてどれほどの現実味をもって想像したのか。
思考の形をルーフが知ることは無かった。彼の元に訪れた結果は振り落とされる刃、ただそれだけだった。
互いの恐怖心がぶつかり合う、頭部に狙いを定めていたはずの刃は、右に少しずれを生じさせていた。
魔法の武器がルーフの方に深く食い込み、そのまま切断を期待する進行を起こそうとした。
しかしながら刃の重さとそれに付属する重力、それだけでは少年の腕を切断するに至る結果は期待できそうになかった。
あともう少し、ガラスの破片一枚分の殺意がトーコの腕に作動さえすれば、あるいは少年の動力を停止させる切っ掛け程度にはなれたかもしれない。
だがそうはならなかった。すでに振り落とされている刃が、その時点まで許された攻撃力にのっとって、獲物である少年にダメージを追わせていた。
ザシュ、と柔らかいものが断絶される音。
そして、ゴチリ、と刃が硬いものに衝突する音が、また聞こえてきた。
鎖骨の辺りに刃が食い込んでいる。そう理解した途端に傷口から、ルーフを構成する要素が滲出し、溢れたものが雫を形成していた。
血液と思っていた。生温かいそれらの気配を感じた、ルーフは直接手で触れることをせずに、ただの血だけではないことに気付かされていた。
「……う……」
「はあ、はあ」
少年の体に刃を深く沈み込ませた、トーコは息を荒げながら自分の右腕に感じる感触に実感を覚えている。
「……どうかしら?」
左手には何も捉えていない刃を一つ、右側に少年の肉を捕らえたままで、トーコは彼に質問をしていた。
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