受験用ゼミに通い続けられる精神力を求める
こんばんは。
ハリが、自分の左隣のすぐ近くに座っている魔法使いが何のことを言っているのか、ルーフにはすぐに理解することができなかった。
「あー、やっぱりね、そういう事になるとは薄々思っていたわよ」
意味不明のままになっているルーフを置いてけぼりにしたままで、トーコがひとり納得を口の中に深く味わっているように見える。
トーコは魔法使いの主張した内容に、おおよその同意を示しているようだった。
彼の意見を当たり前のものとして受け止めていながら、トーコは次なる展開を彼らに求めている。
「であれば、ならば、よ。わたしがするべきことは決まりきっているわね」
仕方のない事実を重く受け止めるように、トーコは息を吐きだしながら椅子の上で体を動かしている。
透明な少女が動く気配を、ルーフは微かに感じる動作の音、気配で察していた。
と、思っていたら、次の瞬間にはルーフの首元に強力な圧迫感が襲いかかってきていた。
「ぐぇぐッ?!」
気管支を何者かの腕に圧迫されている。
ルーフは喉を絞められていることを、相手側の行為の後で気づかされていた。
誰が自分の首を絞めているのか、ルーフは姿が見えなくとも、相手の正体にすぐさま目途をつけていた。
「ぐぎぃ!」
締め上げようとしている指、まともな生命活動を阻害しようとしている指だった。
透明なそれを激しく、羽虫をはらうかのような手つきで激しく掃っていた。
「何しやがるッ?!」
相変わらず何もかも、状況がまるで理解できないでいる。
ルーフはただ目の前の敵、トーコの指を抑えることに集中力を割いていた。
「ナニって、もちろん決まっているじゃない」
透明な右手、と思わしき部分をルーフに握りしめられている。
トーコが、ルーフから見て目と鼻の先程の近い距離にて、己の行動の理由をすぐさま明かしていた。
「決まっているじゃない、労働の枠を賭けて、わたしと対決をしてもらうのよ」
「………」
理由を教えられた、ルーフは少女の述べている内容についてを考えようとする。
「……はあ?」
だが考えようとした所で、現時点のルーフには何もかもが意味不明の氷塊でしかなかった。
「それで?! 何故に、何故に俺の命を奪おうとしているってんだよ」
「あら、知らないの?」
相手の無知具合が意図的に加工されたものではなく、純粋なる天然のそれと把握した。
途端にトーコは、少年の呼吸を奪おうとしていた指、そして右腕の動きを一時停止させていた。
「なあんだ、こういう事はそっち側でちゃんと教育しておいてほしいところだわ」
机に身を乗り出していた。
激しく動いた割には、トーコ側にあるコップはしっかりと中身を湛えたままだった。
もしかすると、かなり酷い邪推をするとして、トーコ最初からこの展開を望んでいたのかもしれない。
狙いすました一撃を許してしまった、ルーフは恐怖心のようなものを胸の内に滲ませようとした。
だが作ろうとした恐怖の心も、目の前にぶら下がっている苛立ちの熱にすぐさま溶かされてしまっていた。
「おい、まだ俺に教えていないことがあるんだよな……?」
締められかけたばかりの首元に指を添えながら、ルーフは左側に睨み付けるような視線を送っている。
少年の琥珀色をした瞳に眼をつけられている、ハリはたった今用事を思い出したかのように、眼鏡の奥の目をかすかに見開いていた。
「すみませんね。魔法使いの助手っていうのは、互いに戦闘力を誇示して枠を勝ち取るっていう文化? みたいなものがあるんですよ」
意味不明具合に苛立つ少年をなだめるかのようにして、ハリは彼に魔法使いの常識についてを説明していた。
「ですが……、今時そんな古風な取引を行う人がいるとも思えませんし……」
実力、この場合は戦闘力を誇示して、己の有用性を証明する。
言葉で語る分には単純な内容ではあるが、しかして実際に実行するとなると、かなり無理矢理な方法でしかなかった。
「魔法使いに伝わりし、伝統のやりとりよ」
トーコは今すぐにでも戦闘の場面を開始したいと、そう言わんばかりの勢いを呼吸に含ませている。
「一体、いつの時代の魔法使いの常識を語っているんですか……」
トーコの主張に、ハリが現代的な視点によるツッコミを入れている。
だが魔法使いの意見を、トーコは真剣に受け止めようとはしなかった。
「あれ? だってわたしのアイボー(相棒)だった魔法使いの人は、助手を作る時に必ず戦闘の場面を用意していたけれど?」
「トーコさんのあいぼーさんは、ずいぶんと古臭いものの考え方を持っていたのですね……」
ハリがそう説明して終えている。にもかかわらず、トーコは戦闘の場面を強く望み続けているようだった。
「それで? 戦うの、戦わないの? どっちなのよ」
提案をされた、ルーフは最初少女の誘いを断ろうとしていた。
だが、少年の胸の内に微かに生まれた感情、熱がそれを許そうとしなかった。
「分かったよ」
苛立っているのだと、ルーフは心の中で自分の感情の形を、客観じみた視点で把握していた。
「誘いは断らねえよ、思う存分、戦おうぜ?」
戦いの展開を望んでいる、ルーフは自分の内側に膨れ上がる熱を、胸の鼓動と同じものとして理解しようとした。
ご覧になってくださり、ありがとうございます。




