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いけにえにされた理性と時間

 「呪い」と言う単語の登場に、ハリの体が反射的に動いている。

 その動作を、おそらくトーコは見逃さなかったのだろう。彼女の透明な体では視線を外から確認することはできないため、これもまたルーフの勝手な予想にすぎないのだが。


「では、その透明な体は魔法による作用、……と言うよりは、症状と言った方が正しいのでしょうか」


「うーん、その表現が間違っているとも言い難いのが、ちょっとメンドくさいところよね」


 木製の机の上に重さがのしかかる気配が聞こえた。もしかするとトーコが机に膝をつけて、頬杖でもついているのかもしれないと、ルーフは続けて予想している。


「ただ、わたしの場合は個人的な事故のせいでこうなったって、言うべきなんでしょうけれど」


 トーコが語ることによると、こんなことが起きたらしい。


「二週間ぐらい前のことなんだけど、わたしのパートナーである魔法使いが、魔法陣を暴発させちゃってね。その爆風に巻き込まれて、二人そろって「呪い」をモロに被っちゃったってワケなのよ」


 関係者の存在をそれとなく説明している。


 話の途中にいくつか関心を寄せるべき単語が登場してきた。

 そのひとつひとつに関心を寄せるよりも先に、ルーフはうかがうかのような視線をトーコ……、が存在しているであろう透明さに送りつけている。


「そんな呪いを受けるとか、一体全体どんな魔法を作ろうとしていたんだよ」


 ルーフがなにげなく質問をした。

 少年にしてみれば何気ない質問文のつもりでしかなかった。だが、トーコにしてみればかなり核心を突いた問いかけであったらしい。


「なかなかに、するどいことをついてくるわね」


 相手を賞賛するような言葉を選んでいながら、しかして同時にルーフに対する警戒心を強める意味合いを同時に含ませている。


 トーコの声音に緊張感が増えた。

 ルーフがその理由を考えるよりも先に、彼女は現時点で開示できる分の秘密を少年に打ち明けていた。


「ちょっとね、死んだ人を一人、この世界に蘇らせようとしたのよ」


 声音は平坦なものでしかなかった。

 何も特別なことなど存在していない。あるとしても精々、血液型占いで二位をとれた程度の重大さしか含ませようとしていなかった。


 トーコにしてみれば、話の確信をそこに意識させたくなかったのだろうか。

 だが、透明な少女の試みはこの場所、少なくとも向かい側の席に座る魔法使いには通用してくれそうにないようだった。


 ミシッ、バリン!

 硬いものにヒビが走り、断絶される音色がルーフの左側から聞こえてきた。


 それはガラスのコップが割れた音だった。

 ルーフがそれに気づいたのは、自分の手元が冷や水に濡れる感触に染められていたからだった。


「うわあ? 何しとるん?」


 ハリが手に持っていたグラスを握り砕いていた。

 内に注がれていた氷と水が、木製の机の上に散乱し、机の縁へ伝い落ちていく。


 滴がぽたぽたと地面に滴り落ちる。

 水の微かな音色を耳に、ルーフは魔法使いの動揺っぷりに怪訝そうな視線を送っていた。


「どうしたん……? えらい顔が真っ青やけど」


 相手を気遣う言葉を選んでいながら、ルーフは自分の言葉遣いから己の動揺の具合を、何処か客観的な視点で眺めていた。


 ルーフが心配を向けている。琥珀色の瞳が同様と、早くも生まれそうになっている恐怖心にふるり、振るりと震えている。


 視線の先にて、ハリは濡れた左手を静かに、ひとりで硬く握りしめていた。

 氷水に冷たく濡れている。

 

 冷たい雫がしたたる左手には「呪い」による透明さが指先、爪の先端に至るまで確かな火傷痕を刻みつけているのが確認できた。


「それは」


 少年と、おそらく少女の二つの視線に注目されている。

 それぞれに見られている、眼球のそれぞれにこめられた感情は大きく異なっているようだった。


「それは……、最大の禁忌であることを、あなたはご存じなのですか?」


 二人の人間に注目されている、視線の先でハリがゆっくりと唇を動かしている。

 慎重に、探るように言葉を探している。ハリはせわしなく周囲に視線を泳がせながら、あたかも挙動不審と言った様子でトーコに確認をし続けていた。


「死者の魂を現世に呼び戻そうとする、それはボクたち魔法使いが最も触れてはいけない領域なんですよ」


 ルーフが初めて知った事実に驚いている。

 しかして少年が実際に声を発するよりも先に、トーコが魔法使いに対して了承の意を伝えていた。


「もちろん、ちょっとでも魔法のことを勉強した人なら、まず最初に教えられる約束事よね」


「そう、なんか?」


 魔法のことなどなにも知らないルーフが、まるきり素直な気持ちのままで彼らの会話に参加しようとしている。


 しかしトーコはこの場面に置いて、無知なる新鮮な視点を求めている訳ではなさそうであった。


「死者の蘇生なんて、いかにも禁忌っぽいでしょ? つまりは、そういうことよ」


「いや、どういうことなんだよ……?」


 納得していない少年に対して、トーコはむしろ珍しいものを見つけたかのような、そんな声音を向けていた。


「個人の意識はいかなる理由がったとしても、他者が介入してはならない領域である。それが、現状この魔法社会における最も基本とされる権利の一つよ」


 教科書に記されていた内容、暗記したものを空読みするかのように、トーコは少年にこの世界の約束事をはなしていた。


「そして、世界の存在に直接介入をする方法、例えば異なる世界から別の生命を召喚する術式も、今の時代に使ったら即刻お縄の禁忌になっているわ」


 言い終える後に、ルーフは少女の目線が自分の胸元、その奥にひそむけものの方に向けられていることを察していた。

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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