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何にも見えないから何でも見てしまおう

 とにかくルーフは、目の前の存在の理由についてを知りたがっていた。

 自分の向こう側、喫茶店の木製テーブルをはさんだ向かい側に座る、透明な少女の正体を探ろうとする。


 虚空しか見えない、思えば喫茶店に入店した時から、透明な少女に関する弊害はいくつも生じていた。

 まず、なんと言っても姿が見えないので、店側に人数が二人よりも一人分多いことを証明しなくてはならなかった。


 「居るったら、居るんですよ!」というハリの主張に、ついには店員側が折れたことで、その問題は割かしすぐに片付けられていた。


 しかして、ルーフはこちら側の真実よりも店側がハリの姿、つまりは魔法使いらしい火傷痕を抱える、その格好に放置と言う判断を下した。と、個人的にはそう見解をしている。


 あからさまに異物を見るかのような視線を、飲料水を運んできたウェイトレスが差し向けてきた。

 あの目線から察するに、ルーフは目の前の少女が本当に透明な姿をしているという、あまり有意義さを感じさせない確信を固めていた。


「あの……トーコさん?」


「トーコでいいわ」


 ルーフが恐る恐る話しかけている。ゆっくりと這うような語調に、トーコはきびきびとした口調で返事を寄越している。


「じゃあ、その……トーコ」


 見知らぬ、見えない女を呼び捨てにする状況。ルーフが未知なる体験を次々と更新している。

 新鮮さに戸惑っている、少年を向かい側にトーコは配膳されたコップに指を伸ばしていた。


 ひとりでにコップが動き、ふわりと浮かび上がったように見える。

 それはもちろんトーコがグラスを掴んだことが理由ではあるが、ルーフはどうしても怪奇現象のような光景をそこに見出してしまいそうになっていた。


「んく……んく……」


 コップのフチに唇をつけ、トーコは冷えた水を喉の奥に押し込んでいる。

 もしかすると、摂取したものが体内に収められる光景が拝めるかもしれない。


 そう、ルーフは期待した。だが少年らの期待は外れ、飲まれた水はどこにも見えない場所、トーコの体内に取り込まれていくだけであった。


「なんだ、食べたものも透明になっちゃうんですね」


 ちょうど考えようとしていた事と、おおよそ同様である内容をハリが口に呟いている。

 どう反応すべきか迷ったルーフが、やり場のない視線をしばらく泳がせてから、諌めるような目つきでハリの方を見やっている。


 そんな少年の視線を眺めている、トーコはコップを元の位置に戻しながら、息を吐くついでに自分の状況についてを語っている。


「さっきも言ったとおりだけど、わたしはただ自分の存在が他の人には見えなくなりつつある。ってだけなの。そういう症状って言ったら、それまでの話よ」


 コップの底に付着した水滴が小さくつぶされ、透き通る表面に水の膜が伸ばされる。

 そこに触れていたはずのトーコの指は、しかして次の瞬間には表面から離れている。


 見えているはずなのに、目に見ることの出来ない少女の状態が、どうにもルーフには抱えきれそうにない厄介事のように思えた。


「体が透明になる症状なんて……、ンなもん……」


 あり得るのだろうか。と、考えた所でルーフの思考はすぐさま、具体的かつ確固たる確信のある事例を頭の中に再上映していた。


「ほら、ちょうど君の左足が同じような感じになっているじゃない」


 ルーフの思考を読み取った、とまではいかずとも、それでも少年の視線の動きからある程度のパターンを読み取ったらしい。

 

 トーコが、木製の机の下に存在している少年の左足、そこの負傷具合に追及をしていた。 

 自らの負傷を彼女に指摘された、ルーフは何故かまごついた心持ちでその部分についてを説明しようとしている。


「これは……怪物に丸呑みにされかけて、それでこうなっちまった訳で……」


「されかけた、と言うより、もれなくされまくった、の方が事実に近しいですけどね」


 ハリが横槍を入れてきている。

 それを聞いたトーコが、小さく溜め息のようなものを唇からこぼしていた。


「あら、それはサイナンだったわね」


 口先だけの同情を送りながら、トーコは平坦な声音のままで話しを続けている。


「でも、そこでちょうど魔力を食べられたのなら、わたしのことについても多くを語らずにすむわね」


「なんだよ、あんたも怪物に丸呑みにされたっていうのか?」


 ルーフとしては冗談のつもりで口にした確認内容を、トーコは真剣そうな声音で受け入れていた。


「そう、ね。結果としてはそういう感じになるわね」


「なんだよ、意味深な言い方をするな」


 ルーフの様子に、トーコはふふんと微笑みをこぼすように呼吸をこぼしている。


「わたしはあんたみたいに、うっかり敵に飲み込まれちゃうなんてそんな、おっちょこちょいなことなんかしないのよ」


 ルーフとは状況が異なっていることを、トーコは話の続きで語ろうとした。


「わたしは、……ある魔法使いに呪いをかけられて、いま、こんな姿になっちゃったのよ」


 もしかしたら遠い目線を作っているのかもしれない。

 トーコの視線が自分の方から外れていることを、ルーフは閉じた唇の中で予想している。

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。


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