週刊連載を考えたやつを殴ろう
倒れる。と考えた所でルーフは自分の体が、すでに転倒の衝撃を受け入れる準備を整えようとしている、無意識に近しい動作の存在に気付いていた。
呆れのようなものを抱きかける、それと同時に言い訳のような感想が、夏の夜中の羽虫のように意識の中を横切っている。
仕方のないことだ、今日を含めた今までの時間で、いったい何回転んでしまったというのだ。
そう毎回驚いていたら、安全なバランス感覚を取り戻すよりも先に何か、何かしらの精神的部分に治癒しがたい亀裂が走ってしまいそうだ。
そんな諦めの中で、ルーフは自らの意思と離れて崩れ落ちようとする体に、なけなしの緊張感を走らせようとした。
一秒、二秒、秒針が進むごとに体があり得ない、あり得てはいけない方向に崩れていく。
視点を失った肉の重みが、重力に従って下に、地面に落下しようとした。
「…………」
だが、ルーフが期待した衝撃は、いつまで経っても彼の元に訪れることはなかった。
逆に怪訝に思ったルーフが目を開けると、また透明な壁が彼の目の前に現れていた。
「もう、危なっかしいなあ」
倒れかけたルーフの体を支えている、透明な少女は呆れたような溜め息を、見えない唇からこぼしていた。
「足、怪物に食べられたんでしょ?」
「あ、ああ……」
確認をしてきた、質問の内容にルーフは素直な解答を返していた。
それを聞いた、透明な少女はいよいよ少年に向けて、なにか信じられないものを見たかのような声音を使っていた。
「消化されかけの体で、よくもまあそんなシラフっぽい素振りが作れるものね。逆に尊敬しちゃうわ」
透明な少女はルーフに対する評価をこぼしながら、彼の体を本来あるべき方向に整えている。
どことなく手慣れた動作に、ルーフは今はただ為す術もなく頼り切ることしか出来ないでいた。
「ありがとう……」
無事に体のバランスを整えた、ルーフはまず先んじて少女に対する例を伝えている。
「ん?」
礼を伝えられた、少女の方は最初の数秒だけ、その言葉が自分に向けられたものだと考えることができなかったようだった。
「あ、ああ……、どういたしまして」
リズムに若干の狂いは合っても、透明な少女はおおよそ問題なくコミュニケーションを可能としているらしかった。
「えっと……」
ルーフとハリ、二人の視線が自分に向けられていることを察した。
透明な少女は、そこで慌てたように付着した雨粒を周囲に小さくまき散らしていた。
「そ、それじゃあ、わたしはこれにて……」
まるで何ごとも無かったかのように、透明な少女は光景の中に溶け込もうとしていた。
「いやいや、いや、ちょいとお待ちください」
まさかここでお別れをする訳にもあるまいと、ハリはすぐさま少女を呼び止めていた。
「せっかくルーフ君を助けてくれたんですし、お礼の一つでもさせてくださいよ」
魔法使いが少女に提案をしている。
「どうです? 喫茶店でお茶でも飲みませんか?」
と、いうわけで、ルーフは生まれて初めて女と喫茶店を共にする体験をしていた。
「いやいや……」
……注目する要素を間違えそうになって、ルーフは座席の上で大きくかぶりを振っていた。
女と茶をしばく初体験に気分を持ってかれそうになる。
「何なんだよ、この状況……」
感覚を歯を食いしばりながらやり過ごそうとしている。
ルーフの賢明なる努力の左隣にて、ハリはひとりで勝手に好奇心をふつふつと沸騰させていた。
「さてさて、なにからご質問すべきなのでしょうね?」
目の前の珍奇なる光景。つまりはほとんど透明人間に近しい状態になってしまっている、少女の存在にハリは強く好奇心を抱いている。
大人の男の魔法使いと、よく分からない不健康そうな少年、二つの視線にジッと見つめられている。
少女と思わしき、彼女は相変わらずその姿を透明なものにしているにすぎなかった。
「とりあえず、名前を教えてくれませんか?」
向かい側の透明度に向けて、ハリがあたかも普通じみた質問文を送っている。
傍から見れば誰もいない座席に向けて、独り言を発しているようにしか見えない。
しかしながら、彼らはすでにそこに一人の人間が存在していることをすでに知っている。
喫茶店の来客人数も二名ではなく、たしかに「三名様」としてカウントされていた。
実像をほとんど失っている、少女が魔法使いに問いかけられた内容に答えを返していた。
「わたしの名前? わたしの名前はトーコ、ハイムラ・トーコよ」
トーコと名乗った、少女は緊張した声色で自分のことを語っている。
「見ての通り、お察しの通り、冥人一歩手前の、ちょっと病み気味のどこにでもいるキャワイイ娘さんよ」
どうにも少女的な新鮮味に欠ける自己紹介をしている。
と、そう判別しようとしているのは、単にトーコの姿が目に見ることができないから。
だから、イメージでしかものを語れないでいるのだと、ルーフはまずそう考えることにしていた。
「……」
「…………」
少しだけ沈黙が流れる。
永遠のような感覚があるそれは、しかしながら永遠とはあからさまに異なる、限定されたものでしかなかった。
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