問題は何かを考えておこう
あれよあれよと言っている間に、ルーフはいつのまにやら古城の外側に連れて行かれていた。
右手首を握りしめられたままで、先を勝手に歩いているハリにルーフが叫びかけている。
「だから、どこに連れてこうってんだよ?」
「まあまあ、着いたら分かりますよ」
もれなく当たり前のことしか言っていないハリに、ルーフはついに堪えきれなくなって叫び声を発していた。
「誰か! 誰かー! 助けてくださぁーい。未成年をいずこかの怪しい場所に連れて行こうとする、成人野郎がここにいますよーッ!」
「うわーっ?! なにを言いだすんですかこのヤングメンは?」
ルーフとしては限りなく現状を正確に表現する内容でしかなかった。
可能なかぎり嘘はついていない状況に後押しをされるままに、ルーフは拒否の叫びを続行させようとしていた。
「誰か……!」
もう一度叫ぼうとした、そのところでルーフの右耳に誰かが動き出す気配が聞こえてきた。
と、思ったら次の瞬間には、ルーフの体を横薙ぎに押し倒す何ものかの力が働いていた。
「きゃ……っ」
倒れ込むルーフの体、耳に少女の微かな悲鳴が聞こえてきた。
もしかして、モアが後を追いかけてきていたのだろうか?
ルーフはそう考えようとして、しかし同時に自らの思考をすぐさま否定している。
仮にあの少女がここに居合わせたとして、彼女がハリの行動を阻止する動作を起こすかどうか。
考えはすぐに否定へと辿り着いていた。
ルーフは考える、あの少女は問題に関心を抱くことは合っても、直接介入する動作をするイメージがあまり思い浮かばなかった。
であれば、自分の身体をおし潰した少女は一体誰なのか。
ルーフが疑問に頭の中を圧迫させていると、ハリの慌てたような声が少し遠くの方から、雨風と共に降り注いできていた。
「大丈夫ですか?」
ハリが心配をしている、ルーフは最初その言葉が自分に向けられたものだと、そう思い込んでいた。
しかし自分の体の上から別の重さが逃げようとしている、失った圧迫感の中でルーフは自分にぶつかってきた少女、と思わしき彼女を見上げようとした。
「……?」
しかし見上げた先に、ルーフが期待した少女の姿を見つけることはできなかった。
それはただ単に、少女の外見が想像とは大きく異なっていただとか、そんな主観等々の曖昧な話とは全く別の種類の展開だった。
「あれ、いねぇ……?」
見えている先、古城から少し離れた灰笛の中心部。
そこには地面から生えているビルと、地面から浮かんで自立をしているビルの二種類によって構成されている巨大な灰色のコントラストが広がっている。
四角い建物に区分けされた狭い空、灰色の雨雲からは絶え間なく雨の雫がこぼれ落ち続けている。
都市の風景に視線を落とし込んでいる、ルーフがそうしているのはその光景に少女の姿を見つけ出すことができなかったからだった。
「どこに行った?」
倒れ込んだ体を起こそうとしながら、ルーフは依然として見つけられないでいる少女の姿を探している。
右を見ても、左を見ても、見えるのは都市の無機質な風景ばかりであった。
見えない少女の姿を探そうとしている、そんなルーフにハリが助言のようなものを呟いていた。
「古城を出てからずっと、何となく気配はしていましたが……。それにしても……」
台詞を中途半端に、なんとも意味ありげに途切れさせている。
魔法使いが沈黙している、その間にルーフは空間の中に少しの違和感を見つけ出していた。
「んん? んんんー?」
最初の瞬間は、それこそ本当にただの見間違えかと思えて仕方がなかった。
何故なら、見えたはずのそれはルーフにとって信じがたいものでしなかなかったからだ。
「透明な、壁のようなものがある……」
とりあえず少しでも多くの冷静さを確保するために、ルーフは見たままの光景を言葉にしている。
頭の中で考える、光景の先。
そこでは空から降り続けている雨粒が、謎の障害によって遮られていた。
古城の植物園で見た、ガラス材の天井をちょうど思い出している。
透明な壁に邪魔をされて、ルーフの体まで届くことの無かった雨粒が、今は何も無い空中に少しずつ溜められている。
透明な何かが、そこには存在していた。
「壁とか、ずいぶんと失礼ね……」
そして、その壁は少女の声で話していた。
誰だと、知らない人間の声にルーフの警戒心が毛を少し逆立ている。
少なくとも、モアの声ではなさそうだった。
「ごきげんよう、そこの素敵なお嬢さん」
ルーフが呆然としていると、ハリが透明な少女に向けて軽い挨拶をしていた。
話しかけられた、二秒ほど経過した後で透明な少女は魔法使いに返事をしている。
「……ごきげんよう」
声色はやはり少女のそれとしか言いようがない。
少しハスキーな音質が、いわゆる透明感的な響きを有している。
と、考えた所でルーフは自分の体がぐらり、と大きく傾いていることに気付かされていた。
「あ」
立ち上がった所で、ここまでくる道筋の中で幾つかのダメージを追っていた両足。
ちょっと前に怪獣に食べられた右足と、ほんの数十分前に何の関係もない怪物に昇華されかけた左足。
その両方が、遅ればせながらルーフに直立することに関する安全さを、おおいに削り落としていた。
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