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山にでもなれば少しはマシになるだろうか?

 粉々になった破片が波となって、一枚の巨大な壁となって、人間の姿を押し潰した。

 想像した光景の中で、ルーフは無意味だと分かっていながらも、まぶたを閉じずにはいられないでいた。


「暴走した魔力の破片が多くの人の命を奪い、そして今なおこの土地に影響を残し続けているのよ」


 自然と(かぶり)を振っている少年の動きを視界の隅に、モアはガラスの天井の向こう側に広がる光景に支点を固定し続けている。


 少女の青空のように青い瞳が見つめている、その先には空がどこまでも広がっている。

 だがそこに青空は存在していない。時々の断絶による切れ間はありながらも、古城の上空には分厚く暗く、濃密な雨雲が継続されている。


 風の流れによって生み出される隙間から覗くのも、「普通」の青空と呼べそうにない光景だった。

 少なくともルーフが知っている、いつか故郷で見上げた穏やかな晴天とは、まるで似ても似つかない。


 古城の上、雨雲の向こう側には巨大な傷口のような断絶が存在していた。

 水晶の原石を金槌(かなづち)で割り砕いた、その秘められた内部によく似ている。


 鉱物のような、透明で冷たい巨大な輝きが空に刻みつけられている。

 いつだったか、ルーフが生まれて初めてこの土地……、灰笛(はいふえ)に足を踏み入れた時。


 その時に、ルーフはその現象を生傷のような、どこか触れざるもののように思えて仕方がなかった。

 触れざるものだと、それこそ何か畏れ多いもののように思えて仕方がなかった、その対象が今目の前に広がっていた。


「あの傷は……、その爆発が起きた時からずっと残り続けているのか?」


 ルーフに問いかけられた、モアが視線を下に戻しながら頭の中で年数を数えている。


「そう、そう……ねえ、かれこれ十数年以上はあそこに存在し続けているわね」


 自分が生れ落ちて、今この瞬間まで生きてきた時間よりも長い時間のことを語ろうとしている。

 ルーフは少女の探るような横顔を眺めながら、そういえば、彼女の年齢はいくつぐらいなのだろうと、なぜかあまり関係のないことを考えていた。


「そういうことになると、この場所はずっと呪いを抱え続けているってことになるのよね」


 ルーフに問いかけられた内容が、あまりにも基本的な情報であった。

 それ故に、モアはどうやら普段あまり考えることのない方向性まで思いを馳せてしまっているようだった。


「人もけものも、電車に置き忘れた鞄だって、みんなあの傷から漏れ出ている水に呪われているのよ」


「水」


「いわゆる魔力のことですね、エネルギーです」


 あまり聞き慣れていない単語の登場に、すかさず補足を入れていたのはハリの声であった。

 ルーフが声のした方に視線を向けると、ハリは植物園の地面に落ちている落ち葉を、指のあいだでくるくるといじくっていた。


「あの時空間のひずみから絶え間なく漏出する魔力に引き寄せられて、この場所には四方八方から怪物が集まってくるんですよ」


 ハリは落ち葉を指から離している。

 彼の手から離れた葉脈が、ひらりひらりと空気の抵抗を受けながらやがて植物園の土へと戻っている。


 ここまで彼らの話を聞いて、ルーフは幾つか思いついた疑問点の一つを言葉に発していた。


「そんな、エネルギーが大量にあるなかで、その……ここに住んでる奴らの体は大丈夫なのか?」


 ゆっくりと、唇を動かすと同時に言葉を考えている。

 与えられた時間の多さが、ルーフに言葉の使いかたを丁寧にするだけの余裕を与えていた。


「んー、そのへん気になるのかしら?」


 モアは笑顔を浮かべながら、少年の反応に小さく静かに驚いているようだった。


「でもご心配には及ばないわ」


 若干の動揺を許したものの、それでも少女は少年の不安を解消できると、そう予測できる分の答えをすでに用意していた。


「みなさんの安全を守る、それもまたこの古城の最大の役割の一つなのよ」


 モアは今度は目線をルーフの方に固定したまま、右の人差し指をピン、と上に差し向けている。


「古城全体のネットワークを常日頃からふるふるのフルスロットルに活動させて、お空の傷から漏れ出る魔力を中和させる要素を呼び寄せているの」


 そこまで語った所で、モアは休憩のような素振りで一旦呼吸を区切っている。

 息を小さく吸い込んでいる、そうしている間も彼女はルーフの方だけを見つめ続けていた。


「ここまで来て、もうヘタに小難しい言葉も必要ないわよね」


 少女が前提を語っている。それに合わせる感覚の中で、ルーフは考えられる分の言葉を舌の上に用意していた。


「雨で魔力を中和しているのか」


「そ、そういうことよ」


 ここまで語り終えた、モアはそこで強引に話を区切るようにして、体を大きく背伸びさせていた。


「んんんー……、またひとつ、ルーフ君があたしたちの秘密を知ってしまったわねー」


 モアがどことなく、恥じらいのようなものを感じさせるものの言い方を使っている。

 その様子に、ルーフは何処か羞恥心を掻き立てられる、急ぎ訂正のような台詞を口から発していた。


「知ったっつうか、そっちが勝手にペラペラ話しはじめたって感じだろ」


 少年が言い訳のような語調で反論をしている。 

 それを聞いた、モアがにんやりとからかうような笑みに口元を曲げていた。


「知りたがったのはあなたの方よ。ああいやだ、若い殿方の好奇心の前には、乙女の秘密なんて書道半紙ほどの防御力しかないね、そうなのね」


「なんだよそれ」


 何でもないことを、モアはルーフに伝えようとしているようだった。

 もしかしたら何か重要な要素を期待したかもしれないが、仮にそうだとしても今のこの場所にはあまり関係がないと、そうとも考えられる。


「そんなことより、そろそろ帰らないとお時間が危ないんじゃないかしら?」


 モアがそう指摘をした、そこでルーフは久しぶりに時刻の経過について意識を届かせていた。

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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