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孤独も前提があればこそ

 モアは樹木のなかで眠るけものを愛おしそうに見つめている。

 薄くなめらかな白いまぶたのした、金色に透き通る睫毛の震え。


 その奥に丸くきらめいている、青空のように青い瞳は鮮やかな感情を表面にたたえている。

 ルーフは少女の表情に、一瞬だけ悲しみの温度を見つけそうになる。


 だがすぐに、見出しかけたそれが勘違いであることを確信される光景を見せつけられていた。

 モアは、決してルーフには見せることのない、いわゆる家族愛的なあたたかさのある視線を、眠るけものに向け続けていた。


「お客さんがいるからかしら、今日はいつになくぐっすりと眠っているようね」


 樹木の中に小さく生まれている暗闇の中、内側に満たされている透き通った液体の揺らめきを見つめている。

 モアがけものの様子を見守っている、その横でルーフが覗きこむように暗闇へ視線を落としていた。


「普通は……客人がいると落ち着かなくて、眠れなくなるもんじゃないんか?」


 自分の感覚でものを語ってみた所で、ルーフは言葉と同時に自分の基準が彼女たちに当てはまらないことをそれとなく察していた。


「そうね、でも彼女の場合はお客さんを受け入れるだけで、それだけで魔力の回路の一端を消費するから、余分に疲れちゃうのよ」


「いいい? んじゃあ、常日頃から回路焼き切れるぐらい浪費しとるんとちゃう?」


 古城のエントランスホールの光景を思い出した、ルーフは人々の喧騒のたびに目の前のけものの白い毛が毟り取られるイメージを想像してしまった。


 不気味な想像にあからさまな嫌悪感を露わにしているルーフに対して、モアが急ぎ表現の訂正をくわえていた。


「ああ、ごめん、この言い方はちょっと語弊があるわね」


「でもお嬢さん、さっきの表現もあながち間違ってないないと思われますよ」


 少女が言いなおそうとした言葉を、ハリが横から介入するように停止させている。


「事実、この古城の全てが元祖ご主人の管理下に置かれているって事実には、変わりはないんですし」


 ハリがなんてことも無さそうに語っている内容を、ルーフはどうにも受け入れ難いものとして聞き入れることしか出来ないでいる。


「うへぇ……、なんか監視社会みたいで気持ちわる……」


 そう言いかけた所で、ルーフは本人であるけものが目の間にいることを思い出している。


「あー……っと、その……別にキモいだとかそんなことは思ってなくて」


「言い訳がヘタね、ルーフ君」


 少年が言いなおそうとしている内容を、モアは先んじて言葉を発することで暗に否定をしていた。


「それでも、目的のためには、あたし達はただ日々を頑張っていくしかないのよ」


「目的って、……何をしようとしているんだ?」


 少年に問いかけられた、モアがそこでにんまりとした笑みを口元に浮かべていた。


「ルーフ君は、昔この土地で起きたことを、まだ知らないのよね」


「起きたこと? なんや、事故でもあったんかいな」


 気軽に聞き返してしまった後で、ルーフは自らの態度の油断具合をすでに軽く後悔し始めている。

 別段灰笛(はいふえ)に限った話でもなく、どの土地でもこの世界に存在している限り、悲しい出来事の一つや二つ秘めているものである。


 安易な気持ちで触れてはならぬ内容に、易々と近付いてしまった。

 気まずさの気配をさとった心持ちでいる、ルーフの硬い表情とは相反するように、モアの様子は柔和なものでしかなかった。


「事故……ね、救えるはずだった命の数を考えれば、ある意味では人災に等しい考え方ができるかしらね」


 少女が、古城の主の複製体である彼女が語る。

 かつて灰笛(はいふえ)という名の土地で起きた出来事。


「空間の断層、その触れ合いの暴発。……言葉で語るなら、それだけの意味しか与えられないわ」


 青色の瞳が樹木の静かな暗さから移動する。

 視線は上を向く。古城の本当の最上に値するガラスの屋根の上、その先に広がる光の集まりに、モアは支点を固定していた。


「空間を構成する魔力の層が暴発した、それは爆発のような衝撃であたし達、人間の生活を崩壊させたわ」


 モアが上を見ている。その方向を追いかけるように、ルーフもガラス屋根の向こう側を見上げている。

 少年が同じ方向を見上げている、モアは視界の外側で静かな確信をひとつこしらえている。


「許容範囲を超える勢いで魔力が増幅する……。そうねえ、さっきルーフ君が林檎をかじった時の、あの状態と原理は少し似ているわね」


 少女の声を聴くと同時に、ルーフの口の中に林檎の甘酸っぱい味と、顔面を鉄の板でぶたれたような衝撃が静かに再上映される。


「ガラスのコップに滝のような水量と勢いのある水を注げば、コップはどうなるかしら?」


「まあ……無事に無傷って訳にはいかないだろうな」


 林檎をかじらされたイメージから、ルーフの頭の中に粉々に割れたガラスのコップがひとつ、生まれていた。


 砕けたもの、もう二度と同じ形を取り戻すことは無い。

 永遠に。


「崩れたもの、その破片たちが大きな波になって、この土地に暮らしていた人たちを飲み込んだの」

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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