柔らかい赤に指を挿入する
あとは誰かが、
びくり! ビクン!
繭を構成している一本一本、あるいは一つながりかもしれない糸の重なりには、感覚を伝えるための神経が通っていたのか。
もしくはたまたま彼が触れたタイミングと合致しただけなのかもしれないが。
どちらにせよトゥーイの細くない指が繭の上を滑ると、赤色の下にある物体が大きく痙攣をした。
急なリアクションにキンシは肩を大きく震わせ、メイは押し殺した悲鳴をあげて兄の腕を握りしめる。
メイの爪に皮膚を圧迫されているルーフと、繭を抱えているトゥーイは何の反応も示さず黙ってじっと赤色の中身を見破ろうとしていた。
糸そのものは猫の程に細く、たとえ幾重になっていようとも頑張れば視認のみで中身を確認できそうで、
しかしどうしても出来そうになかった。
目を凝らしに凝らしてみても、怪物の体液に染められた糸が視覚情報を堅牢に阻害してくる。
やはり見ただけでは、降れただけでは「これ」の正体を判別することは困難を極めほぼ不可能に近い。
だとすれば、やれることはもう決まっているも同然であった。
キンシがはやる心臓を押さえつつ、決意を決めて肺胞に深々と酸素を取り込む。
両手で宝物のように繭を抱えているトゥーイに一歩近づき、
「トゥーさん、それ、ちょっとおさえていてください」
彼に短く命令をし、言葉によって後戻りをさせぬよう自分自身に脅迫した。
「了解しました」
青年が魔法使いの言うとおりにする。
キンシはまず右手で繭に触れる。
あ、呼吸。
息してる。
触れたことによって中身の肺呼吸だかエラ呼吸だか、どっちにしろ自分と同じように空気を食べる気配が感じ取れた。
有り得るはずがない生命の反応をその皮膚に感じ取り、キンシの道に対する恐怖心はいよいよ頂点まで駆け上ろうとする。
しかしそれ以上に、抗うことのできない暴力的な好奇心が若き魔法使いの肉体から恐れを払拭させてしまう。
ゆっくりと慎重に、だが躊躇いのない動作でキンシは左手の指を糸の隙間に挿入する。
見た感じだけの情報では互いにがっちりと組み合わさり、外部の侵入を受け付けそうになかった繭の外壁は、以外にもすんなりと子供の指を飲み込む。
キンシの指によって発生した赤い割れ目は、ベットのシーツがこすれ合うような音を奏でて谷間をどんどんと深くする。
赤色は一皮むけると以外にも中身には侵食していなかったようで、めくれて露出した中身は熟れる寸前の桃のように薄い色をしていた。
もしかしたらこの繭は元々白色だったのかもしれないわね。
メイはそう予想した。
キンシは最早とどまる必要性を見出すこともできずに、左手を糸の海にズプリズプリと飲み込ませていった。
このままいったらどうなるのだろう?
中身に潜んでいる、かもしれない生き物が狂暴だったら?
そうだとしたら自分の指は骨も残さず食いちぎられてしまうかもしれない。
それは、ちょっと嫌だな。
キンシの心の内、暴れ狂う好奇心に一抹の不安がよぎった頃。
左手の指が繭の中身に到達した。
それではさようなら、また会いましょう。




