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頭を叩いて正気をソフトクリームのように搾り出そう

「いったぁーい……」


 ルーフが釣り上げられたカツオのように体をびくつかせている。

 そのすぐ近くにて、モアが体に走った衝撃を噛みしめるようにやり過ごそうとしていた。


「あの、その……」


 少女の様子を見ようとして、ルーフはどうにもこうにも、彼女の姿を直視できない自分の視線に歯痒さを覚えていた。


「大丈夫……なのか?」


 しかし黙り続けているのもまた、それはそれで空気感に堪え切れないと早めに判別をつけていた。

 ルーフはとにかく話題を振らなければと、たどたどしい口ぶりでモアの安否を確認している。


「え? ああ……、あたしは別に平気よ?」


 少年の動揺を知ってか知らずか、どちらにせよモアは自らの状態を問いかける声に返答を用意するだけであった。


 倒れ込んだままの姿勢のまま、うつぶせのような格好のままで、モアは少年の顔を下からのぞきこんでいる。


「ほら、素体にこれといった傷は確認できそうにないし……」


 少女が自己の状態を報告していると、そこへハリの声が重なりあうように伸びてきていた。


「それは当然でしょう、ふがふが」


 ハリは顔面を柔らかい布に包まれながら、あまりスムーズとは言えない呼吸音の中で少女の具合についての予想を語っている。


「ふが……。モアさんの体を構成している陶器には、怪物の骨を砕いて練り込んだ素材が含まれていますからね。ちょっとやそっとの衝撃などは、楽々受け流すことができるのでございますよ。ふがふが」


「丁寧な語説明ありがとう」


 自分の代わりに自分のことを語っている、魔法使いにモアが簡単な礼をまず伝えていた。


「でも、まずはあたしのスカートの中から出ていくほうがいいんじゃないかしら?」


「ふがふが……。それもそうですね」


 黒色を基調に白いフリルを裾にあしらった、スカートの柔らかさから魔法使いは顔を這いずり出している。

 

「はあ、これで呼吸が楽になりました」


 モアのスカートから顔を出した、ハリは頬を少し赤らめている。


「なんか暑いなーって思ってたら、うっかりヒミツの花園に顔を突っ込んでいたんですね」


「……上手くねえんだよ、何も上手くねえよ」


「おや? ルーフ君も顔が赤いですね」


 魔法使いに指摘をされた、途端にルーフが思い出したかのように赤面の度合いを濃いものにしていた。


「もしかして、ルーフ君もヒミツの花園の一端を見つけてしまったんですか?」


「な、……何を、言って」


 まさか自分の手の中に掴んだパラダイス……、ではなく、場合によって地獄の一片に誘い込まれる理由。

 それを、魔法使いはすでに把握しているのだろうか?


 恐怖心やら猜疑心を抱くよりも、強い羞恥心がルーフの体を滝登りする(コイ)のごとく駆け登ろうとしていた。


 少年の赤面具合を知っているのか、いないのか。

 どちらにせよ、モアの表情は少年の感情に重きを置いているわけではないらしかった。


「まあ、あたしの右おっぱいがちょっと痛くなった程度で、あとは無事ってことで大丈夫、よね」


「なっ……何を?!」


 さらりと自己の詳細を語られ、そしてそのまま受け流されようとしている。

 少年の動揺をよそに、モアはそれ以上に重要なものを彼に見せつけようとしていた。


「そんなことより! これを見てちょうだいな」


 ウキウキるんるん、といった様子で、モアは手の中にある林檎をルーフの方に寄せている。


「あの……その……?」


 恥じのダメージがまだ消え切っていない、ルーフは最初みせられた一品が何であるのか、すぐに理解することができなかった。


 赤色をした、甘い匂いを鼻の穴に嗅いだ。ルーフはそこでようやく、思考能力の方向性を本来あるべき方角に修正しようとしていた。


「あ、この匂いは……」


「お気づきの通りよ」


 モアは乱れた衣服を左の片手で簡単に整えながら、右の手の平に握りしめられた林檎らしきものに視線を落とし込んでいる。


「このリンゴこそ、この古城が求めに求めているエネルギーそのものなのよ」


 どういうことなのだろうか、言葉だけで説明されてもまるで理解できそうにない。

 ルーフが疑問に首をかしげそうになっていると、彼の左側からハリがひとつの提案をしていた。


「とりあえず、ひとくち(かじ)ってみればいいんですよ」


 そういうや否や、ハリは少女の手の中にある林檎を掴みとり、そのままルーフの口元へと押し付けていた。


「ンㇴぐむッ?!」


 口元に押し付けられたそれは意外にも温かく、ぬるくなったコーラのような質感を持っている。

 柔らかいそれを口の中に、ルーフはあごを上下させるついでに、赤くつややかな表面に歯をたてていた。


 シャクリ、シャクシャク。

 ごくん。と飲み下してしまった、そうしたくなるほどには、その林檎らしき物体は喜ばしい味を持っていた。

 

 飲み込んだ、少なくとも喉元を通り過ぎるまでは、林檎は林檎らしい質感と意味を保ち続けていた。


「う、ぐうぅぅうううッ?」


 だが喉の奥、胃の中、に砕かれた欠片が受け入れられた。

 その瞬間に、ルーフは自分の内部にて何か、「何か」しらの力が膨れ上がるのを感じていた。 

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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