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ナイフ一本あればいいのにな

 緑の葉脈、枯葉が腐り分解される温度の気配、土に浸透し、白い根に吸収される水分の冷たさ。

 それらの匂い、気配はルーフにとってすでに一度経験した場所の気配であった。


 古城の最上階、そこは巨大な植物園と見紛うほどの植物が大量に生息している。

 規定された区域の中に植物が植えられ、天井や壁は分厚いガラス素材で構成されている。


 気を抜くと今までの石材に支配された古城の空間とは、まったく別の場所に転移させられたものかと、そう思い込みそうになる。


 そんな場所、最上階の植物園。そこにルーフは前回訪れたときとは異なる要素を、ふんわりと曖昧に、鼻孔に感じ取っていた。


「なんか……、甘いにおいがする……?」


 ルーフが抱いた違和感を隠そうともせずに、ただ気軽な心持ちのままで疑問を言葉に呟いている。

 少年が発した言葉に、いち早く反応を示していたのはハリの耳だった。


「おやおや、流石ですね、もうリンゴの存在に気付いたんですか」


「リンゴ?」


「ええそうよ、リンゴよ」


 ハリとルーフのやりとりに、モアがさらりとした動作で介入をしてきていた。


「ええ、ええ、ちょうどよかったわ。メインコンピューターに結果が出てきているから、それを見ることができるはずよ」


 ここで少女が言っている「メインコンピューター」が、いわゆる普通の機械や電子信号によって構成された機構のことを指しているわけではないことは、すでにルーフの知っている内容だった。


 植物園の中心、そこに生えている巨大な樹木の元に彼らは辿り着いている。

 樹木はルーフが前に訪れたときと何も変わらない……、と、そう思いかけた所でルーフは(こずえ)にある物体を見つけ出していた。


「あ、あれは……?」


 見上げた先、枝の先端にぶら下がっている赤色の果実を見ている。

 少年の視線の先に認められている、物体をモアはすぐさま樹木からもぎ取ろうとしていた。


「んー、しょっと……」


 モアが背伸びをしている。

 身体の長さに許されている分の長さを、精一杯上へと差し向けようとしていた。


 だが少女の努力は、とりあえずそこでは報われることをしなかった。

 あからさまに身長が足りていない。そのことにすぐさま目途を立てているモアは、補助の手を近くにいる誰かに求めようとしていた。


「んーと……だれか、あたしを肩車してくれないかしら」


 提案こそルーフにとって予想だにしていない内容で、だからこそ彼は少女の望む行動を想像することが上手くできないでいる。


 少年が戸惑っている、そのすぐ近くでハリがモアの提案を比較的早くに受け入れていた。


「分かりましたー」


 ハリは特に迷う素振りも無いままに、体をかがめて頭をモアの股の間に沈み込ませていた。


「あ、おい……!」


 どう見ても、いや……客観的に見れば見るほど、成人男性が少女のまたぐらに顔を埋めかせたようにしか見えない。


「何を……」


 何事をしようとしているのか、ルーフは魔法使いの動作に注目せずにはいられないでいる。

 だが少年が期待……、もとい危惧した状況はこの場には訪れることは無いようだった。


「よっこいしょー」


 モアの股の間に頭を滑り込ませた、ハリがそのまま姿勢を上に動かしていた。

 肩車とほぼ同じ、というかむしろそう表現するより他はない動作で、モアは身長分以上の高さを掴みとることができていた。


「もうちょっと右……、ううん、も少し左ね」


 ハリに肩車をしてもらいながら、モアが上からアバウトな指示をいくつか送っている。


「うう、お嬢さん……ちょっと重くなりましたか?」


「失礼ね、あたしは今までもこれからも、ずっとベストプロポーションのままよ!」


 どうにも緊迫感の足りていないやり取りを交わしている。

 ハリは少女の重さに、身体のバランスを危ういものにしている。


 右に、左に、ふらりふらりと体を揺らしながら、やがて二人は目的のものを樹木からもぎ取っていた。


「とれた! とれたよー」


 モアが手の中にある赤い果実を、肩車されたままの格好で高々と掲げている。

 少女が急激に姿勢を動かした、その影響で下側の魔法使いがついに体のバランスを崩していた。


「あ!」


 ハリの両足が本来保つべきだったバランスは、叫び声をあげたときにはすでに跡形もなく崩れ落ちようとしていた。


「ええ?!」


 真っ直ぐこちらに倒れ込んでくる。

 ルーフは若者と少女の影が時分に覆いかぶさってくる、その光景を見ると同時に体はすでに行動を起こしていた。


 考えるよりも先に体が動いている。

 とっさに両の腕を前に突き出していると、そこへ少女一人分の重さがのしかかってきていた。


「うわー?!」


 大して気力も器量もあるわけではない、鍛え上げられてさえいないルーフの腕は、少女の重さを支えきることをせずにただ崩れ落ちるばかりであった。


 どさりと草原の上に崩れ落ちる三人の影。

 

「いてて……」


 ルーフは指先に少女の柔らかさを握りしめている。

 それはまるで水風船のような質感を持っている、圧迫を与えるとほど良い反発力がはたらく……。


「って、うわあ?!」


 目で直接確認をするまでもなく、ルーフは自らの指先に握りしめられいたモアの乳房から激しく体を離していた。

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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