無断でぶら下がる甘い果実
モアに提案された、そして案内をされたのは古城の最上階だった。
ルーフは透明になった左足と、義足の右足を抱えながら、なんとかモアとハリの後を追いかけるのに必死だった。
「ぜえ、ぜえ……」
慣れない義足の使用に加えて、謎に透明になってしまった左足の具合に、ルーフはひたすら困惑しきっていた。
かくかくと、生まれたての偶蹄目のごとき足取りになっている。
そんなルーフのことを心配している、ハリが振り返りながら少年におずおずと提案をしていた。
「大丈夫ですか? ルーフ君」
翡翠の色をした右目で配慮を巡らせる。
次に瞬きをしたときに、ハリは金色に輝く左目をひらめきにキラキラと輝かせていた。
「そうだ! ボクの背中におぶされば……」
「いやだ」
魔法使いからの親切を、ルーフは全て聞き入れるよりも先に拒否していた。
反射的な動作だった、同時に混じり気の無い単純な拒絶でもあった。
「何が悲しくて、あんさんの背中を借りなくちゃならねェんだよ」
「なんだ、つれないですね」
さして残念そうにするでもなく、ハリは少年の拒絶を簡単に受け入れていた。
相変わらずゆったりとした歩みを続けている少年から視線をそらし、ハリは目線を自分の前方へと戻している。
楕円形のレンズが左右に備え付けられた眼鏡の位置を、人差し指と親指で軽く整える。
魔法使いが見る先、そこには古城の最上階に繋がる小さな階段の空間が広がっていた。
エレベーターを降りた、そこから少しだけ人力にて移動する必要のある空間。
灯りは少なく、薄暗い空間が目に夢うつつのような感覚を覚えさせる。
狭く短い廊下の向こう側に、おそらく古城の最上階に接しているであろう光が、継続した気配を輝かせている。
「なにしてるのよ、早く来なさいって」
廊下の終わり、小さな階段の最後に右の足を触れ合せながら、モアが魔法使いと少年の方に視線を向けていた。
「早く歩きたいのは、やまやまなんだけどよー……」
少女に催促をされていることに、ルーフは自分の身体が思うように動いてくれない歯痒さを覚えている。
それと同時に、ルーフは少女の平常心っぷりに疑いのようなものを抱いていた。
「っていうか、モア……お前、よく普通に動けるな」
「え、あたし?」
少年に指摘をされた、モアはそこで思い出したかのように自分の状態を再確認していた。
右の腕を少しだけ上に、そこには少女の黒い長袖のワンピースに包まれた白い肌……は、存在していなかった。
そこにはルーフがこうむった被害と同じく、青い炎にって存在を燃やされたあとが残っている。
目に見える映像が失われている、モアの右手首も透明さによって支配されていた。
「あたしのは、ほら、軽症も軽症だから」
ルーフに心配をされたと、そう想定したらしいモアは右手首を空中で軽快そうにクルクルと回している。
少女がそう主張しているとおりに、モアは特になんの問題も無さそうではあった。
しかしながら、ルーフが気にしている内容とはあまり関連性がなかった。
もっと気にすべき事柄が、ルーフの目の前にあまりにもたくさん転げ落ちているのであった。
「そもそも、なんで俺たちはいま透明人間になんかなっているんだよ」
ゆったりとした速度でしか進めない両の足に歯痒い思いをしながら、ルーフは自分たちが陥っている状況の原因を探ろうとしている。
少年が疑問を抱いている。
問いの内容に対して答えを返しているのは、モアではなくハリの声だった。
「あの燐寸には、かなり薄めた「呪い」の成分が含まれているのですよ」
そう説明をしている、ハリは携えている肩掛け鞄を少し前に突き出していた。
「殺した怪物の肉を燃やし、我々にとって必要な骨だけを残す。そのために怪物の肉を、存在を、魔力を燃やし尽くすため、それだけの意味を含ませた呪い。それがあの燐寸なのです」
ハリがそう説明をしている。
その様子を見ていたモアが思い出したかのように、懐からマッチの小箱を取り出していた。
「これのことね」
少女の手の中にある、それはもれなくマッチの小箱に変わりはなかった。
どこにでもありそうな、……と表現するには少しだけ違和感がある。
赤色がまずもって最初に強く目を惹く、目が覚めるような色の正体が林檎をモチーフにしたデザインであることに気付かされる。
真っ赤な林檎の背景には、藍色が小箱の端から端まで疑似的な青空の類似品を演出している。
箱の四隅にチリのように印刷されている文字は、遠目からではその詳細を確認することは……。
……できそうにない、と、そう思いかけてルーフは自らの思考を右目に否定することになる。
見ようとした、思考をした途端にルーフの右側にある眼球が急速なる拡大を起こしていた。
それはまるでデジタルカメラの拡大機能のような、それほどの気軽さでルーフは小箱に印刷されていた文字を読み取っていた。
「うわ!」
急激な視点の移動にルーフが戸惑い、驚いて体をびくつかせている。
その様子を見た、ハリが少し驚いた様子で聴覚器官をピクリと動かしていた。
「どうしたんです?」
黒猫のような造形をしている、ハリの聴覚器官が真っ直ぐルーフの方に固定されている。
「いや……何でもねえよ」
分かりやすい嘘をつきながら、ルーフは咄嗟に右の目を手の平で覆い隠している。
右目の動きを押さえつけながら、ルーフは早くこの右眼球の使いかたにも慣れなくてはならない、という必要性に溜め息を吐きだしそうになった。
ルーフが思考を切り替えようとしている。
その間にも、モアは少年にあの青い炎の正体についてを簡単に語っていた。
「このマッチは疑似的な「呪い」を発生させることで、敵性生物の魔力を霧散させる効果を起こすのよ」
「それで、余分なものを燃やして必要な部分だけを残すんですね」
モアの説明に声色を重ねながら、ハリは説明部分を簡単に終わらせようとしている。
だが言葉を止めようとした所で、魔法使いは語りたいところを次々と思いついているようだった。
「でも、でも……ですよ、マッチでの処理は簡単かつ短時間で済ませることができますが、そのぶん本来得られるはずの収穫も、余計にまるごと削ぎ落としちゃうっていう問題点があるんですよ」
簡単に語り終えようとした所で、ハリは自然と不満点が口元から膨れ上がるのを抑えきれずにいた。
「まずもって! 新鮮な血液をひとしずくも残さずにシュワシュワと、床にこぼしたサイダー水みたいに蒸発させてしまうのは、魔法使いとしてはなんともやるせない気持ちになります」
「だって、血液の取り扱いは熟練の魔法使いの手による調合薬の配合が必要になるからね」
ハリが文句をこぼしているのに対し、モアが仕方ないと言った様子で事情を語っている。
「そしてなにより、誰より彼よりなによりですよ」
少女の語りを聞いているのかいないのか、ハリの唇は引き続き現状への不満をこぼし続けている。
「せっかく捕らえた新鮮な心臓を、あろうことかマッチは最大の燃料として燃やし尽くしてしまうのですよ!」
「燃やす? 何を燃やすってんだよ」
内容を聞くよりも先に、ルーフが魔法使いに質問文を投げかけていた。
少年に問いかけられた、ハリはいかにもはりきった様子で事情を語り続けている。
「それはもちろん、心臓を燃料にすることによって疑似的な「呪い」はさらなる現実感を獲得するのですよ。ハートのパワーです」
言い終えるころに、ハリは左胸の辺りに指で♡(ハート)の形をつくっている。
「心臓の新鮮な血液をぐんぐんに吸い取って、マッチの炎は青々と光を放つことが可能になるんです」
「逆に言っちゃえば、それ位の魔力がないと疑似的な「呪い」を作ることさえできないのよ」
魔法使いが主張している内容に、モアはどこか辟易とした気配の中で頭を小さく横に振っている。
そうして互いに納得をしようとしている、だがルーフにはまだまだ気にすべき事柄が大量に残されていた。
「それで、さっきから言ってる「呪い」ってのは、結局どうすれば起きる現象なんだよ」
少年が問いかける、その内容にハリという名前の魔法使いが受け答えをしていた。
「心の変化、精神性の強いショックによって、人間の意識が人間非ざる変化を余儀なくされる。……それが「呪い」が発生する一つの目安、トリガーとされています」
簡単な説明をしながら、ハリは自らの左腕を包む長袖をまくっている。
布の部分をまくり上げられた、あらわになった肌には水晶の原石のようにくすんだ透明さが刻みつけられている。
巨大な獣の爪に抉り取られたような軌跡をいくつも描いている。
それらはあるいは民族的のように、一定の規則に従った図形と曲線を重ね合せている。
「呪い」の火傷痕を見ている、ルーフは何度でもその部分に強く注目をせずにはいられないでいた。
「当人にとって最も人間らしい感情が発現した、その瞬間に「呪い」は始まるのです」
ハリはあらわにした部分を元に、白い布で隠している。
「そして……始まったものは、終わりが肉体に訪れるまで継続されます」
隠されたその部分は、たしかに人間らしい柔らかさや色あいを失っていた。
しかしながら、ルーフにはどうにもその部分が人間と異なっているとは思えそうになかった。
「呪いに罹ったからって、それで何か困ることがあるのかよ?」
ようやく足の使いかたにこなれた感覚を見出し始めていた、余裕の中でルーフは思うがまま、考えるがままの感想を口にしていた。
「普通の人間と、何も変わらないんだろ?」
てくてくと前に進み、ルーフはモアが待ち構えている、古城の最上階の入口へと足を踏み入れようとしている。
少年のさして大きくもないであろう背中を見た、ハリが口元に少しだけ笑みを浮かべていた。
「みんながみんな、そう考えてくださると、いいんでしょうかね?」
問いかけても答えが返ってこないことを、ハリは独り言のように自分に向けて語りかけていた。
「おーい、早くこっちに来なさいよー」
ひとりだけ置いてけぼりになっているハリに、モアが急かすような声を投げかけていた。
「はいはい、わかってますよ」
古城の主……、の複製体である少女に指示を出された。
ハリはその命令文に従いながら、体を古城の最上階へと運んでいた。
ややあって辿り着いた、古城の最上階には相変わらず大量の緑、鮮やかな緑色が空間を支配していた。
「相変わらず、まるで雑木林みたいだよな……」
植物の気配を鼻腔いっぱいに吸い込みながら、ルーフはふと空間内にひそむ違和感に気付いている。
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