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どこへ行こうか捕食タイム

 ハリが叫ぶと同時に体を縦に大きく回転させている。

 振り上げたのは右足で、暗い色をした長ズボンに革製のブーツが鉄槌のように振り上げられていた。


 繰り出した蹴りは怪物の頭部に炸裂し、先端に埋めこまれている丸い眼球にヒビが走る。

 それはただの亀裂で、一筋だけ走ったそれが怪物の生命に決定的な要素を与えることは無かった。


「ちっ」


 思った以上に攻撃への望みが薄かった、事実にハリは不満と苛立ちの舌打ちを一つ打っていた。

 魔法使いの攻撃を受けた、怪物は多少の損傷などものとも言わせずに反撃を行おうとしていた。


 水分を多く含んだもの、空から降る雨の音色とは異なる別の水の気配が動く。

 音のする方にハリは耳を、黒猫のような形状をした聴覚器官をかたむけている。


 めりめりと柔らかな決裂の音色を発しながら、開いているのは怪物の首元の肉であった。

 縦に細く長い首の皮膚が縦に割れ、開かれた内部がぱっくりと奥底の暗闇を露わにしている。


 それは怪物の捕食器官で、歯の無い暗黒の中に怪物は捕らえたばかりの獲物を取り込まんとしていた。


「ああぁぁぁ~……nn」


「あ……」


 大きく開かれた唇の間に怪物は獲物を、捕らえたルーフという名前の少年を放りこんでいた。


「AAA‐~~~んんんAAAAん」


 そう……、それはもう満足そうに、とても得難い御馳走を食べるかのような、その姿はある種の官能さえ感じさせる。

 せいの喜びを全身で表現している、芸術的な動作の中で怪物は少年を唇の合間にズプズプと沈み込ませていった。


「うわあ」


 ルーフが捕食されるシーンを、ハリは何か目に入れることを厭うようなもののように思われて仕方がなかった。


「……と、個人的感想はいらないですね」


 気を取り直して、ハリは引き続き怪物との戦闘を再開していた。


「おーい! ルーフ君! だーいじょーぶでぇーすかぁー?!」


 再び無重力状態に体をあずけながら、ハリはふらふらと漂いつつルーフの身を案じる台詞を発している。

 叫びかけた、しかし当然のことながらルーフからの返事は返ってくるはずがなかった。


「これはヤバいですね」


 ハリは、さして慌てる様子もなく、二つの眼球で引き続き怪物の姿をとらえ続けていた。

 と、見つめ続けていたところでハリの目がとある違和感を見つけ出していた。


「あぅ あぅ あぅ あぅ」


 獲物を捕食し満足に静まるはずの怪物の唇が、定期的に繰り返される謎の振動に震え、動きに合わせて声が漏れ出でている。


 振動はどうやら怪物の内側から生じているモノらしく、揺れが増えるほどにふり幅は増幅されていくような気配があった。


 怪物の腹の中で、……いや、もしかしたら喉元の辺りかもしれない、その辺りで喰われた獲物が暴れているらしかった。


 どのように暴れ狂っているのか、怪物の内側に挟まっている少年の姿を直接確認することはできない。

 とはいえ少年、ルーフがかなりの抵抗を計らっているのは振動の多さと大きさである程度把握することが可能であった。


「元気そうでよかったです」


 ルーフの生存を、とりあえずのところ確認した。

 ハリは特に表情を変えることも無いままに、口元に微かな笑みをたたえたままで、次の攻撃の準備をしている。


「元気が全部無くなる前に、今度こそとどめの一撃を差し上げなくてはなりませんね」


 気を取り直すとまでは行かずとも、ハリの頭の中は場面が展開された初めから今に至るまで、怪物の肉のことだけを考え続けていた。


 ハリが大きく息を吸い込む。

 血流に魔力を流し、無重力状態から上に落ちる方向を決める。


 ハリが空に落ちていく、その動作を見た怪物が羽ばたきで一旦距離を取ろうとしていた。


 羽ばたきは数分前までとは大きく異なっている。

 体内にルーフ一人分の重さを取り込んだ面で、怪物は少しだけその機敏性を損なわせているようだった。


 懸命に羽根を動かしている怪物、その動きをハリは上空から逆さまの格好で見下ろしていた。

 動作を見ながら、注目の中で魔法使いは怪物が何処に進もうとしているのか、羽根の行く先を予想するための情報を求めている。


 怪物の眼球、首の先に存在する器官がある方向を見定めていた。

 虚空から目を逸らしている、怪物の眼球は古城のテラスに差し向けられているようだった。


 もしかすると、怪物は重くなった体を一旦止まり木で休ませたかったのかもしれない。

 戦闘の途中で休憩を求める。


 そう考えた、しかしハリはすぐに自らの思考、思い浮かべた文章の形を否定している。

 怪物にしてみれば、ただ単に獲物を喰らったにすぎないのだ。


 腹が空いていた、だから腹を満たした。

 人間を喰らうことができたのは予想外の収穫だったとしても、怪物の意識には腹を満たせた満足感だけが存在しているに過ぎない。


 自分の存在など認識されていない。

 そう考えることに、ハリはどこか安心めいたものを覚えていた。


「ごゆっくりと、お休みください」


 逆さまに見上げながら、ハリは怪物にねぎらいの言葉を呟いている。

 声は雨の雫と共に落ちる、しかし怪物の元に届くよりも先に、雨の雫たちに音の震えは全て吸い込まれて消えてしまっていた。

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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