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酩酊感と共に化粧水を叩き付ける

 鳥のようなものだと思い込んでいた、しかしながら怪物の実体は鳥類のそれとは大きく造形を異ならせていた。


 黒色を基調とした体毛が、新品の雨傘のように雨粒を表面にはじいている。

 羽ばたいている翅は鳥類のようにフワフワとした羽毛に包まれているモノではなく、のっぺりと薄いそれは昆虫の持つ飛行器官の方に類似している。


 頭部と思わしき場所には電信柱のように細い首、そしてその先端につるりと輝く球体の透き通った眼球のような器官が埋め込まれている。


 怪物は翅をばたつかせながら、少しだけ重さを得た体重にしばし困惑を抱いているようだった。

 鳥類のように固く、トカゲのように細長い指先。そこには捕らえられたばかりの獲物、つまりはルーフの肉体がぶら下がっている。


 硬く鋭い爪に首をぐるりと掴まれている。

 もしも掴み方が少しずれていたら、ルーフの体は重力分の重さに耐えきれずに窒息をしていたかもしれない。


 ちょうどよくグルリと首を囲うように、怪物の爪はルーフの首元あたりをしっかりとホールドしていた。


「この、離せ……!」


 特に何の考えもなしにそう言いかけて、ルーフはすぐに現実の中で考えを改めさせられている。


「いや! いやいやいーやッ! 絶対離すな! 離したら……ッ!」


「そのまま地面に真っ逆さまー! ですね!」


 怪物の肢に宙ぶらりんになっているルーフに、ハリが浮遊しながらで冗談を言っている。

 あはは、と笑っている魔法使いに対し、ルーフは怒号を叩き付けたい衝動に駆られる。


 だが生まれかけた怒りを寸前のところ、舌の付け根の辺りでぐっと堪えている。

 叫びたいのはやまやまなのだが、しかしこんな状態で、怪物の細い肢一本に支えられている状態で下手に暴れでもしたら、果たしてどうなることやら。


 想像は流星の瞬きのごとき速度で、血生臭い最悪のイメージへと繋がっている。

 粘度の濃い冷や汗が、ルーフの額の生え際辺りにぬるりと滲みだしている。


 赤色の瑞々しさと粉々に砕かれた骨の白さ、こぼれる脂肪の黄色い粒たちのイメージ達を振り払おうと、ルーフは急かされるように叫び声をあげている。


「早く、助けてくれ!」


 他者に、ハリという魔法使いに己の救出を求めている。

 他人のことを叫んでいる、その時点でルーフにしてみればすでにいくらかの救出行為に近しい意味を持っていた。


 そんなコネクションを知らないままで、助けを求められたハリはとりあえず素直に少年の呼び声に答えを返していた。


「おまかせください! いきますよー!」


 ハリは意気込んだ叫び声をあげながら、空に漂う体のままで左手を強く虚空にかざしていた。

 左の腕を真っ直ぐ伸ばしている、ワイシャツの白い長袖に包まれている、そこは今朝方に魚の怪物に切断されたばかりの部分だった。


 切り取られたものを繋ぎ合わせた、そのはずだったその場所は、まるで何事も無かったかのように元気そうに魔法を使っていた。


 冷たい風が左腕の元に集まる。

 白い長袖から覗く手首、指先に欠けてまんべんなく呪いによる火傷痕が刻みつけられている。


 皮膚としての柔らかさや温かさが燃やされた、あとに残されているのは水晶のようにくすんだ透明さだけ。


 「呪い」を刻みつけられた、限定された肉の部分に血液が激しく流れ込む。

 血流によって生み出された熱が肌から放出され、空気中に集められた冷たさと触れ合っている。


 温度差が揺らめきを生み、生まれた柔らかな震えの中に光が少しだけ生まれる。

 夏に揺らめく蛍のような輝きがいくつか空間に漂った、その流れの後にハリの持つ魔法が発現させられていた。


 左手に現れた、それは一振りの刀と思わしき形状をしていた。

 剥き身の刀身ではなく、黒い鞘に収められた格好をしている。


 ハリはそれを力強く握りしめ、空に浮かんだままの肉体で発現させた刀を怪物めがけて投擲(とうてき)しようとしている。


「はああー!」


 仮の無重力状態のままで、全身をぐるりぐるりとコマのように数回転させる。

 即席で生み出された遠心力を余すことなく利用しながら、ハリの腕から放たれた刀の先端が怪物の肉体めがけて突進してきていた。


 空気と雨粒の柔らかな幕を一閃、切り裂きながら刀の先端が怪物の首の辺りに激突している。

 さながらフェルト生地に針を突き刺すかのごとく、刀は怪物の細く長い首に深々と突き刺さった。


 激突、その後の表皮と真皮、内側の肉の反発を受けながらも刀はその推進力を思う存分発揮していた。

 柔らかいものが破れる、そのすぐ後に硬い物同士がぶつかり合う硬質な音色がかすかに聞こえてくる。


 怪物の首に刺さった刀が、首の内側を構成している骨の部分にぶつかる音だった。

 針山のように刀が、深い黒色をした鞘ごと怪物の首に刺しこまれている。


 その挿入が保たれている間、その隙間を見逃すことなく、ハリは続けて次の魔法を使用している。

 息を大きく吸い込む。空気中の冷たさ、雨粒に含まれる自然の魔力を体内、血中に多く取り込む。


 意識的に行った行為の後に、ハリの体は浮遊しているその空間から揺らめき、かと思えば次の瞬間にはその空間から体を消していた。


 場所から場所への移動、魔法によって構成されている刀を支点とし、ハリは突風のような速さで空中を移動していた。


「おおらああっ!」


 点と点を結ぶ、生み出した直線の上でハリは推進力のままに気合の叫びを発していた。

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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