灰笛探検パンフレットでも作ろう
「なあ……」
ルーフがモアに話しかけようとした所で、丁度待ちかまえていたかのように列車の到着を知らせるメロディーが駅のホームに鳴り響いた。
簡潔かつ単純に、耳に分かりやすいメロディーが人々に状況の変化を継げている。
言葉を発するタイミングを失った、ルーフの元に続けて轟音が届いてきていた。
車輪と鉄道が重なり合う、本来ならば空気の中に溶けて消えるはずの音が地下の中、壁に反響して一つの大きな塊となる。
まさに怪獣のいななきと言わんばかりの激しさ名の中で、鉄道の暗闇から電光の気配が接近してきた。
大量の空気を押し出しながら、列車の先頭がホームに辿り着いている。
列車の動きが止まる。巧みに計算し尽くされたタイミングに基づいて、床の目印に合わせた場所に列車の扉が留まっていた。
「乗りましょうか」
電車が到着した場面に遭遇する、大体の人間が推奨するであろう行為をハリがルーフに勧めていた。
「ああ」
可能なかぎり自然でナチュラルな素振りを作ろうとした。
だがそうしている時点ですでに、ルーフは自身が緊張感を強く抱いていることに気付かされていた。
左足を頼りにしながら、おぼつか無い足取りで右側の義足を前に、ゆっくりと進ませている。
早く乗車しないと扉が閉じてしまう。
焦る気持ちの中で、ルーフはまだ使い慣れていない右足に苦戦を強いられている。
すると、不意に左側に触れる手の平の存在があった。
見れば、ハリがなんてことも無さそうにルーフの体を支えていた。
「この列車に乗れば、古城はすぐそこよ」
右側で声がする、モアもまた当たり前のような表情で少年の右腕に触れ、その体を支えていた。
「今日は、たぶん「あの人」も調子がいいはずだから……」
地下鉄に乗車した、モアの頬を白い電光が照らしている。
白くなめらか頬が光をかすかに反射する、柔らかな質感が触れることなくルーフに予想できてしまえた。
電車に乗りながら五つの駅を通り過ぎた。
その果てにたどり着いたのは、「古城」と呼ばれる建造物の最寄駅であった。
電車から降りた、ルーフはしばらく歩く道のりに少しばかり憂鬱さを覚えていた。
「表情が暗いわね」
少年の様子に気づいた、モアが彼の右斜め前の辺りで顔をのぞきこんでいる。
「もしかして、まだ義足に慣れていないのかしら?」
まさにその通りと、ルーフは返事をしかけた所で口をつぐんでいる。
なぜか少女の心配に素直な返事を寄越したくないという見栄が、少年の喉元に生じていた。
具体的な理由など、どこにも存在していない。ただなんとなく、この女の前ではできる限り弱みを見せたくないという空虚な見栄だけが少年の喉を圧迫している。
透明な腕に首を絞められている。
言葉を止めたままでいるルーフに構うことなく、モアはひとりでに持論のような予想を展開させていた。
「もしそうだとすると、その体で古城までの道のりを進むのは大変そうねえ」
モアはひとりでに予想を繰り広げている。
ルーフが反論をしなかったのはまだ言葉が詰まっているのもあったが、それ以上に少女が予想がそれこそ予想していた以上に自分の本心をついていたことも関係していた。
「それじゃあ、こうしよっか」
ルーフが本音を隠すための言葉を考えて、実際に唇に発しようとした。
だが少年が思考を働かせているよりも、それよりも先にモアが分かりやすく行動をしていた。
「うわ」
急に体を持ち上げられた、ルーフは自分の身体が瞬時に重力から離されていることに驚かされる。
ぐるりと回転させられた体ごと視点が動く。
ついさっきまで道の前方を望んでいた目が、他者の動きによって強引に天井の方へと向けられていた。
「な、なな、なにを……?」
ルーフがモアに質問をしている。
少年の体は少女の細い腕によって軽々と持ち上げられ、横向きに抱え上げられていた。
動体に腕を回して横向きに抱きかかえる、いわゆる「お姫様抱っこ」と呼ばれる状態である。
状況を理解した所で、ルーフはモアに強い拒否感を急ぎ伝えている。
「ちょ……、恥ずかしいからやめてくれよ」
「まあまあ、そんな初心なこといわないで」
ルーフの動揺をよそに、モアは軽々とした様子で彼を運搬し続けていた。
少女の細い腕に抱えられながら、ルーフは運ばれている自分の身体を他所事のように眺めることしか出来ないでいた。
「ところで、今日は古城にどんな用事があるのかしら?」
エレベーターもエスカレーターも使わずに、律儀に階段で上階へと進んでいる。
モアが不意に思い出したかのように今日の要件を彼らに質問していた。
少女の質問にハリが答えている。
「えっと、ちょっとそこらへんで不思議な怪物を捕まえたんですよ」
言いながらハリは、持参している肩掛け鞄の中から問題の一品を少女に見せようとした。
だが魔法使いの動きをモアは言葉で明確に阻止しようとしていた。
「ああ、ここで見せなくてもいいのよ」
視線で拒否を示しながら、モアは眼の向きを前に戻している。
「新鮮な視線は、出来るだけあの人だけにプレゼントしたいからね」
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