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ともあれ捕らえた獲物は然るべき場所に運ぶだけだった。
ルーフは地下鉄のホームで、次の列車が到着する時間を待っていた。
ただ次が来る順番を待っている、ルーフは表情に緊張感を張り巡らせていた。
「なんだか表情が硬いですね」
ルーフの心情を察するよりも先に、少年の左隣に立っているハリが見たままの感想を口にしていた。
「ああ、そういえば両足がそろった状態で電車に乗るのって、これが初めてになるんでしたっけ」
「…………」
ルーフが沈黙だけを返している。それにハリが何を思ったか、具体的な説明をすることも無く、そのまま思ったままの感想を口にし続けていた。
「義足を使った状態での乗車、今までの自分とは違う姿で移動をする、その緊張感……まさに一筆したためるのに相応しい状況でしょうねえ」
「ちょっと、うるさいんだが」
次々と話し続けるハリに、ルーフがついに堪えきれなくなった文句をこぼしていた。
「俺は別に、たかがこの程度のことでビクビク怯えたりなんかしねえって……」
半分は本心で、しかしもう半分か、あるいはそれよりも割が多めの分類で虚構を含んでいる。
ルーフが強がりを言いかけた所で、彼らの元に別の声音が参加しようとしていた。
「あら、あらあら」
女の声だった。
一声聞いただけでは相手の正体、重要な部分を把握することはできそうになかった。
年齢や外見の情報もなにも無い、耳だけしか認識できない個人の情報。
だがルーフは、すでに声の正体にある程度の目途をつけられるようになっていた。
「モア、なのか」
声の正体と思わしき少女の名前を口にする。
ルーフは名前を呼びながら、首の向きを小さく左右に揺らしている。
右と左を見て、それでも少女の姿を確認することができなかった。
「?」
疑問に思ったところで、不意に視界が幾本もの黒い影によってさえぎられていた。
「だーれだ!」
首の後ろ、うなじの辺り、柔らかい産毛と逃避の毛髪の境目に少女の声が、吐息が優しげに吹きつけられていた。
反射的に全身の毛孔が縮小される。
プツプツと皮膚の表面が粟立つのに任せながら、それでもルーフは生理的な嫌悪感よりも先に相手の情報を収集することを優先事項に置いていた。
「モアさん!」
ルーフの目を後ろから覆うようにしている。
いつのまにやら少年の背後に立っていた、少女の名前をハリが驚いたように口にしていた。
「奇遇ですね、こんなところで出会うなんて」
ハリが眼鏡の位置を指で軽く整えながら少女に、モアという名前の彼女に笑いかけている。
名前を呼ばれたモアは、魔法使いの方にチラリと視線を送っていた。
「ちょっとね、そこでキューティーなハニーを見かけたものだから」
モアはルーフの体から指を離し、そのまま指先を自身の胸元あたりへとすべらせている。
黒色と白色を基調としたワンピース、フリルがそこかしこにふんだんに織り込まれている。
遠い異国の地で葬儀の際に着用されていそうな、そんな雰囲気のある服。
その胸元でウゴウゴと、謎の膨らみが少女の肌と服の合間でうごめいているのが見てとれた。
「あ、あ、やめて……あんまりはげしく動かないで……」
モアが自分の胸元にささやきかけながら、おもむろに胸元を閉じているボタンを一つずつ解いている。
戸惑いがちな指先の動作、その後に解放された布の隙間から灰色の小さなひと塊がぴょこん、と顔をのぞかせていた。
「ミッタ」
少女の胸元から顔をのぞかせている、けものの名前をルーフが少し驚いたように呼んでいた。
「ひとりで勝手に駆け出していったと思ったら……、そないなところに潜り込んでいたのか」
ルーフはモアの胸元を指差しかけて、とっさに自分の視界を逸らしていた。
「ほら、……邪魔になるだろうからはよ出て来やぁって」
目の前に、往来で胸元を大胆にはだけさせている婦女子がいること。
そのことをあまり真剣に考えないようにしながら、ルーフは自分の身内であるけものに移動を命令していた。
「んにぃー!」
ルーフに命令された、ミッタはしかして彼の指示を素直に受け入れようとはしなかった。
モアの衣服の合間から顔を覗かせつつ、反抗心の表明としてその灰色のフワフワとした体毛を膨らませている。
「うふふ、くすぐったい」
ぶわわ、と体を膨らませるミッタにモアがいかにも生理的そうな笑みをこぼしていた。
「ほら、彼が怒るまえに……」
全てを具体的に説明せずに、モアは自分の身体に密着しているけものに推奨をしている。
彼女の声を受け取った、ミッタはそこでようやく反抗心の勢いを減らす選択をしていた。
「んに」
ぴょこん、とモアの衣服からミッタの体が軽やかに飛び出している。
少し長めの耳をひらめかせ、猫じゃらしのようなボリュームのある尻尾をクルリ、と回転させている。
そしてなにくわぬ顔でルーフの元に戻り、彼の着用しているパーカーの表面を軽快にのぼっている。
「うわわ」
けもの一匹の重さを体に感じながら戸惑っている。
「んにぃー」
そんな少年に構うことなく、ミッタはは彼の後頭部の辺り、パーカーのフードに身を落ちつかせていた。
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