表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

645/1412

誰かの夢が叶う前に刃物を買おう

 道を進んでいると横断歩道、信号機の赤色にぶつかった。

 カッコウの鳴き声を模した警告音が、自然とルーフらの歩みをその場に留めている。


 信号機の赤色が明滅する。

 熟れた林檎のような輝きを眺めながら、ハリが「呪い」についてを簡単に語っていた。


「もうすこしくだけた言い方をするなら、魔力の異常な増幅が人体に未知なる影響をもたらす。その症状のことを皆さんが古くから呪い、と呼称してきたのですよ」


「なんか、よけいに専門っぽい感じになったな」


 ルーフが静かに不満点をハリに、ハリという名前の魔法使いに伝えている。

 少年にそう指摘をされた、ハリはそれに関しては特に反論をしようともせずに、ただ為すがままのように少年の言葉を肯定していた。


「もれなく当事者であるボクでも、未だによく分かっていないことだらけなんですよ」


 カッコウの鳴き声が繰り返されている。

 赤色の輝きが異様に長く感じられる、ルーフの耳元にハリの語りがなめらかに届けられる。


「魔力の暴走によって生じる異常は、それこそ非常に数が多くて……これといった定型のようなものは存在していないのですよ」


 定型、たとえば風邪をひけば熱が出て咳が出て、くしゃみが止まらなくなる。

 だとか、単純にウイルス等々で引き起こされる体の異常事態とは、また別の形態を為す症状であるらしい。


「それこそ人の数ほど症例があって、あー……こういうのって、どういう風に表現すればいいんでしたっけ?

 ほら、よく通販番組の左ななめ下にちっこく表示されるアレ……」


「個人差があります、ってやつか?」


「ああ、それそれ、それです」


 具体的な説明を求めているというのに、結局は曖昧な話にもっていかれそうになっている。

 ルーフはそれについて追及をせずに、とりあえずは魔法使い本人が語る内容に耳を傾け続けることにしていた。


「魔力の以上増幅は人体に多大なる影響をもたらします。例えばこのように」


 言葉を途中で区切り、ハリは赤いテーピングでぐるぐる巻きにした左手首を少しだけ上にかざしている。

 

「常人では考えられないような治癒能力も発揮することが出来まして、ですね」


 言葉の雰囲気に自慢のような気配を匂わせている。

 しかしルーフは魔法使いの言葉を素直に受け止められないでいた。


「まさか、呪いに(かか)ればハッピーなことになる、って言いたいわけじゃないだろうな?」


 追及をしたところで格好の鳴き声が止まっていた。

 かわりにピィヨピィヨ、と小鳥の雛のような鳴き声が連続する。


 青信号、歩行者の前進を許可する音色の中、けもの一匹と二名の人間が道路の上を横断する。

 白色のペンキとアスファルトの黒色が互いに隣り合う、縞模様の上をルーフは歩く。


 横断歩道を渡り終えるころ、ハリは少年の問いかけに答えのようなものを唇に呟いていた。


「そりゃあもちのろん、呪いというものは決して喜ばしいものではございません」


 カッコウの鳴き声が背後に繰り返されている。

 その響きを聞きながら、ハリは左手首のテーピングをぺりぺりと剥がしていた。


「ひとたび症状を受け入れれば、もう二度と元の形に戻ることはありません」


 赤色のテープを剥がし、固定させていた切断部分をあらわにしている。

 血痕も雨水に流された、あとに残っているのは一見して元の通りに戻された左腕だけだった。


「体の傷とは異なり、心は一度でも傷つけられれば永遠に記憶することができるんです」


 手首を動かしながら、ハリは動作の具合を自分で確認している。

 ほんの数十分ほど前までは断たれていたはずの部分は、関節の稼働区域に許された普通の動きをしている。


「心の問題なのか?」


 言葉そのものはすでに知っていながら、それを話題の中心に配置されると思っていなかった。

 ルーフが少しだけ違和感を覚えるような声を発している。


 そんな少年に対して、ハリは珍しく真面目な様子を継続させたまま説明を継続していた。


「そうですよ、全ての事柄は心と言葉が先立つ。……って、この(てつ)の国に昔から続く教えにもそう書いてありますよ?」


 当たり前の事実、常識を口にしているつもりらしい。

 だがルーフは残念ながら相手の望む反応を返すことはできそうになかった。


「悪いな、一般常識を教えてもらう機会が無かったもんで」


 ルーフの知っている世界、常識、「普通」は祖父が教えた事柄だけに限定されている。

 祖父から教えられた内容、事柄こそがルーフという少年を構成する要素、ただそれだけだった。


 少年の都合を知っているのか、いないのか。どちらにせよ、ハリはこの世界に存在してる常識の一つを得意げに彼に解説していた。


「アイドマ教の経典の、多分最初の方に書かれているはずです」


 ハリはルーフの少し前に移動し、歩きながら街頭演説のような声音でその「教え」らしき言葉を声に発している。


「全ての事象は心に基づく、心があればこそ、我々は言葉を作りだすことができる」


「ずいぶんと極端な考え方だな」


 宗教等々が持つ独特の一体感に、ルーフは個人的な嫌悪感を覚えそうになる。

 だがあえてここで自分のどうでもいい感想をこぼそうとはしなかった。


 それよりも気にすべき内容を優先する、その程度の冷静さだけは残っていた。


「魔法は心によって作り出されるんです。そう考えるとすると、呪いというのは魔法によって人体を一度作り変えることと、そう大して変わらないのでしょうね」



こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ