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「まさかあの子が」と口走った愚者たち

「そんなんで、ええんか?」


 ルーフは、びっくり仰天したとまでは行かずとも、それなりに驚いた様子で魔法使いのことを見ていた。


「魔法使いの体ってのは、一体全体どんなふうになってんだよ……」


「どんなふう、と言われましても」


 少年に問いかけられた、ハリはとりたてて特別なことなど考えないまま、当たり前の事実を彼に伝えていた。


「呪いを受けたから、そう簡単には終わりを迎えないように体を作り変えられた。としか、言いようがございませんね」


 ルーフとハリ、そしてミッタは灰笛(はいふえ)のまちをおのおのゆったりとした速度で歩いていた。

 ミッタがその、灰色のふわふわとした体毛に包まれた前足と後ろ足を軽快に歩行させている。


 ルーフはその後ろをゆっくりと、右の義足をまだまだ使い慣れていない懸命に様子で追いかけている。

 かなりのんびりとした歩みにルーフは焦燥感を覚えながら、しかし今はそれ以上に魔法使いの身の具合に強く関心を寄せずにはいられないでいた。


「ミッタさんの出してくれたテーピングのおかげで、想定していた以上に早く治癒してくれそうです」


 はつらつとした表情でハリは自分の左手首を眺めている。

 つい先ほどまで切断されていたはずの、手首は腕に赤いテープのような布、包帯のようなそれによって固定されている。


 ルーフが知っている人体の常識では、たったそれだけで人間の体は元通りに結合するはずがないと、そう思っていた。


 信じていたはずだった、だがその常識が音もなくバラバラに崩れ去ろうとしている。

 書道用半紙のように薄っぺらいテーピング程度で、ハリはすでに己の損傷具合になんの不安も問題も抱いていないように見えた。


「手首の一本がとれたところで、ボクたち魔法使いは動きを止めたりなんかしないんですよ」


 怪我の具合を軽症にしたがる、ハリが無駄に張り切った様子で左腕を激しく振り動かしている。


「ああ、そんなに激しく動いたら……」


 ルーフが魔法使いの動きを注意しようとした、そのところで顔面、鼻頭の辺りに何かが突進してきていた。


「痛ってえッ?!」


 衝撃にうろたえながらも、ルーフは涙に滲む視界の中で衝突してきた左手首を反射的に掴みとっていた。


 飛んできたのはハリの左手首だった。

 せっかく繋ぎ合わせたものがどうやら本人によって生み出された遠心力によって発射されてしまっていたらしい。 


「あ、すみません、ぶん回したらとれちゃいました」


 ちょっとした可愛らしいミス程度に事を済ませようとしている。

 ハリは外れた左手首を、ルーフの手から自分の元に戻していた。  


「ロケットパンチ、ですね!」


「……やかましいわ」


 ハリの冗談に笑いどころ見つけられなかった、ルーフが自然と声を低くしている。


 少年の無愛想具合に、ハリは特になにかを思うでもなく、平坦とした様子で左手首を繋げ直している。


 とれた手首は再びハリの左腕に付着し、テーピングをする頃には指先を意図的に動かせる程度には再生をしていた。


「本当は針と糸があれば、もっときちんと治すことができるのですけれどね」


 治す、というよりかは「直す」の方が表現として正しいような気がしてくる。


「腕だけじゃなくて、顔の傷も、もう塞がっているんだな」


 考えたイメージを打ち消すつもりとして、ルーフは別の話題を魔法使いにふっている。


 少年に言われた通りに、ハリは別の傷に右の手で触れようとした。


 だが触ろうとした、その瞬間にハリは瞬間的に覚えた痛みに体を硬直していた。


「痛っ」


 左手首の損傷よりも、はるかに強そうな不快感をあらわにしている。


「そっちの方が痛いんかいな」


 てっきりまた魔法使いが下らない冗談でも口にしているのかと、ルーフは最初だけそう考えていた。


 だが予想していた以上に魔法使いの不快感が深そうなことに、ルーフは新しい戸惑いを覚えている。


「手がとれるよりも、そっちの方が痛いってのか」


 ルーフが純粋に疑問を口にしている。


 少年に不思議そうな眼差しを向けられている。

 ハリは少し気まずそうに、痛みの理由を簡素に予想していた。


「呪いが浅いですからね。左手よりも、痛みが強くて困りました」


 自分の体の具合、状態についてを語っている。

 ルーフは道を歩きながら、ハリに気になっていることを問いかけていた。


「なあ……、お前らが言っている「呪い」って、一体どういうものなんだよ?」


 道を歩く。

 少年と魔法使いの、そして一匹のけものの体を雨が濡らしている。


 灰笛(はいふえ)のまちには昼が訪れようとしている。

 灰色に輝く昼の雨雲の下、無機質な建物の群れだけが彼らを取り囲んでいる。


 少年に質問をされた、ハリは彼のもとにすぐ答えを返していた。


「呪いというのは、魔法使いが魔法使いであるための証し、のようなもの……」


 言いかけたところで、ハリはなめらかに自らの言葉を否定していた。


「いえ、この言い方は少し格好が良すぎますね」


「じゃあ、カッコ悪く言うと、どうなるんだ?」


 少年の要求に魔法使いが応える。


「病気ですよ、症状です。ずっと風邪が続いて、咳が止まらないんです」

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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