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石の首も動くだろう

 自分の義足についてハリが事情を知っていることに、ルーフは意外そうな声を発していた。


「あれ、何でその事を知っているんだ?」


 記憶が確かなら、義足を贈られた場面にハリはいなかったはず。

 ルーフが確認をしていると、ハリはなんてことも無さそうに事実を伝えていた。


「昨日の晩に、エミルさんから画像付きで事の詳細が送られてきたんです」


 ハリはそう答えながら、気軽な手付きでスマートフォンの画面をルーフに見せている。


「あー、なるほどな……」


 明滅する電子画面を確認すれば、確かにルーフの義足と思わしき画像が映し出されていた。


 画面上のそれを見る、その後にルーフは視線を自らの右半分へと移動させる。


 そこにはやはり義足がある。

 陶器のような、滑らかな質感をもっているそれは、定められた役割を実行するために、ルーフの肉と密着している。


 関節はボールのように丸く、許された範囲内において勤勉なる屈折を果たしている。


 足の裏、爪先にもきっちりと関節が仕込まれてるらしく、方法さえあればかなり細やかな作業も可能そうである。


 問題は、ルーフはまだこの義足をどのように使用すべきなのか、方法、手段を知らないままでいることだった。


「使いこなせるには、まだまだ時間がかかりそうですね」


 ルーフの戸惑いをどれほど把握しているのか、ハリはある程度の予測のなかで少年を心配していた。


「またどこかしらで、リハビリテーションをする予定でもあるのですか?」


「いや……今のところは」


 ルーフが正直に答えていると、ハリが思い付いたように声を少し高くしていた。


「だったら、やはりボクの手伝いをするついでに、その足の使い方もちゃっかりマスターしてしまいましょう!」


 まるで妙案を思い付いたと言わんばかりの、声音の明るさにルーフが濁った沈黙を返している。


 そうしている、その後にルーフが魔法使いに対する反論を用意しようとした。


 だが彼が実際に口を開くよりも先に、ミナモの方からなにかが彼らのもとに運び込まれてきていた。


「出かけるなら、この子も一緒に連れていったら?」


 提案と共に差し出されたのは、一つの段ボール箱だった。



「ぐッ……、うう……」


 瞬間的に思い出されていた、まだ新鮮味を失っていない記憶がルーフの脳裏に瞬いた。


 何が起きたのか?

 現在の時刻、空間に視点を固定させながら、ルーフは自身の状況を一つずつ把握しようとする。


 まず、出かけた先でバスを待っていた。

 そうしていると、ルーフを含めた人々のスマホから警報音がけたたましく鳴り響いていた。


 ルーフが戸惑うなかで、人々が足早に避難を開始した。

 そして怪物がどこからともなく現れ、まだ現場に残っているルーフらに襲いかかってきていた。


 さっそく喰われかけていた、ルーフの体をハリがバス停の椅子ごと蹴り飛ばしていたのであった。


 だから、ルーフは今アスファルトの上に右の頬を寄せることになっていた。


 さて、少年一人と椅子一脚分を地面に叩きつけた、ハリはこの場所に発現した怪物の相手をしていた。


 呼吸を整えながら、ハリは怪物に視線を固定している。

 現れたそれらは、小魚のような胴体を有している。


 金属質な、とても硬く鋭そうな鱗を肉体から生やしている。

 銀色に輝く魚の群れは、合計八匹ほどの集団を為していた。


「……」


 怪物を見ている。

 ハリの、翡翠(ヒスイ)のような色をもつ瞳に、ふと疑問の気配が横切っていた。


「……?」


 抱いた違和感を、ハリは具体的な言葉に変換しようとした。

 言葉を作ろうとした、ほんのわずかな油断を怪物たちは見逃さなかった。


 空気を鋭く切り裂く音が聞こえた。

 耳が、鼓膜が音を受け入れた、その時点でハリの肉体には決定的な変化が訪れていた。


「……っ」


 パタタ……、と赤くあたたかい雫がハリの身に付けている白いシャツに色素を刻み付けている。


 切り裂かれた左頬、赤く縦に細長い切り傷からは、行き場を失った血液たちが重力に従って滴り落ち続けている。


 出血をした、怪物の群れは続けて魔法使いに攻撃を放っていた。


 ヒュンヒュンと突撃をする、怪物の動きに合わせて鋭いウロコが輝きを放っている。


「ハリさんッ?!」


 血液の気配を鼻腔に感じながら、ルーフが魔法使いの安否を不安に思っている。


 少年の叫びを耳に受け止める。

 ハリは攻撃を受けた体の具合を、無言のなかで自己判断しようとした。


 心臓の高鳴りは継続したまま、呼吸の音だけに耳を澄ませてみる。


 空気が行き交いをする、気管に開かれた空洞に血液のにおいが混入する。


 切り裂かれたのは、まだ左の頬だけだった。

 ちょうど呪いに焼かれた火傷あとが広がっている。


 本来ならば鉱物のような質感をもつ皮膚が、いまは損傷の痛みだけを訴えかけている


 ドクン、ドクンと心臓が鼓動を繰り返す。

 もっとも基本的な活動、生命に必要不可欠な動作。


 それが現在において、開けられた傷に痛みと出血へ新鮮な刺激を持続的に提供する要因と成り下がっていた。


「素敵なキスですね」


 攻撃に関する感想をひとこと。

 ハリは攻撃のために、全身に緊張感を巡らせた。


  灰笛(はいふえ)のまちには雨が降っていた。

 曇天の向こう側に広がっているであろう、普遍なる日光に温められた。


 あるいは都市の空気、人間らが暮らす空気に(ぬく)められた水の雫が彼らを濡らしていた。


 ハリという名前の魔法使い、彼の被っているつば付きニット帽の縁が、上から受け止めた水をポタタ、ポタタと滴らせている。


 着用している白色のワイシャツはずぶ濡れで、それを見ているルーフの視界にも水の気配を視覚的に主張させていた。


「……」


 怪物のウロコによって切り裂かれた、左頬の傷にハリの指が触れている。

 ぬるりと生温かい液体の感触が指先に触れる。


 皮膚に付着した血液をたどれば、秒針をまたぐよりも先に傷のありかに目途をつけることができた。


 指が侵入をしようとした、瞬間に鋭い痛みが異物の侵入を阻止している。

 ハリは氷菓子に触れるように、慎重そうな手つきで傷口を確認した。


 鋭い刃物のような攻撃で切り裂かれた。

 当たり前のように継続されていた繋がりを断たれた、余分を押し付けられた皮膚の末端が赤く、ヌルヌルと、ビラビラとした余分を指先に誇示していた。


 魔法使いの顔面、その左半分にはちょうど呪いによって焼かれた火傷痕が残されているはずだった。

 だが、今はその境目すらもあいまいなものにしている。


 個人的な境界線すらもおかまいなしに、怪物はあくまでも平等に肉を切り取ろうとしていた。


「……ふふ」


 ハリという名前の魔法使いが笑う。

 顔面に細く柔らかく長い切れ込みを入れられてしまった。


 皮膚の緩みはまるで女性器、小陰唇(しょういんしん)の伸縮を想起させる。

 ……といっても、ハリにはそれに該当する器官に触れた機会はまだ訪れてはいなかったのだが……。


 ともあれ、ハリは自らの損傷がたったそれだけで終わらないことを、どこか無意識に近しい所ですでに予想してしまっていた。


「おい!」


 ルーフが、右の足の義足を何とか操作しようとして、アスファルトの上で四苦八苦をしながら、魔法使いの名前を叫んでいる。


 というのも、もれなく本人が予想をした通りに、怪物の群れが引き続き彼の肉を切り裂こうと突進を開始していたからだった。


「ああぁぁぁ]AAAAああああAAAaaaaaaaaAAAAあAAAああぁxxっぁああああああああぁぁぁぁ」


 怪物の群れ、八匹いるうちのどれが叫び声をあげたのか、ルーフはハッキリと視覚で確認することが出来なかった。


 もしかしたら個体一つに限定されているモノではなく、群れのそれぞれがさざめき合ったのが密集した、その結果生まれた雑音だったのかもしれない。


 いずれにしても怪物のどれか、一つが再び魔法使いの体を切り裂いていた。


 ガシュリ……ッ。

 柔らかいもの、水分を大量に含んだもの、硬いもの、それぞれがすみやかに破壊される音色が空間に響き渡る。


 雨が降っている、ルーフの元には雨水は届いていない。

 バス停の屋根がちょうどよく、程良く少年を雨水から少し離れた場所に置いていた。


 まだ濡れていない視界の中で、ルーフは肉が断絶される光景を見ていた。

 ごとん、近くに何かしらの塊が落ちてきた、ので、ルーフは魔法使いから目を逸らしてそれをみる。


 それは魔法使いの左手だった、怪物のウロコが腕から末端を切り離したのだろう。


 ルーフがそれに気づいた頃、ハリの左腕から大量の血液が噴射したのが同時の出来事だった。


「ぐう」


 ハリは呻き声だけを一つこぼしていた。

 血液の噴射は最初の数秒だけで、十秒を超えるころには勢いは意外にもすぐに収まっていた。


 人体の極限なる興奮がそうさせたのか、あるいは魔法使い特有の頑丈さがなせる技なのか、ルーフには判別できそうになかった。


 いずれにしても、ルーフが落下物に驚くよりも先に魔法使いが怪物に攻撃を起こしているのが先であった。


「がぶり」


 また硬いものが破壊される雑音が鳴り響いた。

 今度は右腕でも粉砕されたものかと、ルーフは考えた後に自分が恐怖心を抱いていることに気付かされていた。


 もしかすると期待に近しい気配を持っていたかもしれない。

 しかしてルーフの想像は、今回もまた外れることになった。


 怪物のウロコは魔法使いの体を破壊しなかった。

 その代わりに、魔法使いの歯が怪物のウロコを砕き割っていた。


 近付いてきた対象を口に含み、そのまま顎の力ないしその他もろもろの活力に任せて噛み砕いていた。


 飛んできた対象に喰らいつく反射神経、たった今自分の身体を切断した対象に恐れを抱くどころか、攻撃の意識を継続させている。


 ルーフはハリの行動原理に不可解さと不気味さを覚えながら、それでも右目は怪物が破壊されている、殺されている光景に注目をし続けていた。


 ガリガリと魔法使いの歯が怪物のウロコに喰らいついている。

 唇が破片によって損傷し、咥内に赤色と唾液のコントラストが生まれる。


 小魚程度の大きさしかない怪物の、胴体が魔法使いの歯によって噛み千切られていた。

 血液と唾液の密集体に、怪物の赤い体液が追加された。


 それぞれがまだ新鮮さを失っていない、体液の混入の中で魔法使いは、ハリは怪物の一匹を食い千切っていた。

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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