遠距離攻撃用の武器を盗もう
本来の重力を取り戻した、ハリの体はにぶい衝突音を奏でながら、寝室の床をかすかに軋ませていた。
魔法使いの動きを追いかける、そのついでにルーフは今しがた自身が睡眠をしていた部屋の内部を再確認している。
そこは灰笛という名前の地方都市、その郊外に建てられた一軒の一室であった。
現在雨露をしのぐ家を持っていないルーフが、しばらくの間療養をすることになった場所。
アゲハ夫妻の自宅、使っていない空き部屋にはまだ開封がされていない段ボール箱と、その上にうっすらとした埃が累積をしていた。
頭上の安全が確保されたことを確認した、ルーフは唸るような呼吸音を吐きだしながらベッドから体を起こしている。
上半身だけを起こした格好で、ルーフは指先を天井に向けて大きく伸ばしている。
睡眠によって凝り固まった肉が、皮膚の内側で血流の流れと共に必要分の柔軟さを取り戻していく。
「ふわぁーあ……」
背伸びをし終えた途端に、ルーフはなんとも間抜けそうなあくびを唇からこぼしている。
ようやく覚醒の気配を身体に表明し始めた、少年にハリが再三の要求を少年に伝えていた。
「お目覚めですね? じゃあ一緒に怪物を殺しに行きましょう!」
「……何が、どうしたらそうなるんだよ?」
ようやく手に入れた現実感の中に、ルーフは魔法使いによってもたらされる非現実感に、朝も早くに頭痛のようなものを覚えそうになっている。
「どうしたもこうしたも、格下も靴下もございません!」
だがハリは少年の困惑ぶりなどお構いなしといった様子で、ひとり勝手に話題を進めようとしていた。
「怪物、ないしそれらに関連するであろう事象が、またしてもこの灰笛に発現したのですよ」
「……だから?」
「だから、ボクたちの出番ですよ」
なにを今更、疑い様のない事柄をわざわざ聞いているのだろうか?
ハリはむしろルーフの動揺こそが、とても信じがたいものかのように扱っている。
「出番って……、まさか俺もあんたの仕事に付き合うってんじゃ……」
核心的な追及を仕掛けたところで、ルーフとハリのもとに別の声音が響いてきていた。
「ちょっとー? 朝からばたばたと、うるさいんやけどー?」
至極真っ当なる文句を言っているのは、この家の住人であるミナモという名の女であった。
彼女は彼らに指摘をしながら、その足を寝室のなかに軽く踏み入れている。
「おはよう」
「お、おはよう……ござます」
ミナモが気軽に、まるでこの場所には何の異常性も存在などしていないかのような、そんな挨拶をしている。
ルーフが若干拍子抜けをした返事をしている。
まだいくらかぼんやりとした気配を残している。
ルーフはベッドから、特に何を意識するわけでもなく体を床の上に移動させようとした。
「あ、待ってください」
動こうとした、その寸前でルーフの動きをハリが止めようとしていた。
だが声をかけた、その時点ですでに少年のもとに結果は訪れてしまっていた。
「うわ、わーッ?!」
伸ばしたところに必要な道具、車椅子を見つけられなかった。
ルーフの指は空振りをして、動かした胴体はバランスを崩してベッドからこぼれ落ちていた。
「いてて……」
「大丈夫ですか? ルーフ君」
ハリが思わずただの名前を呼びながら、ルーフに心配のようなものを向けている。
「足が無いのに、無理をなさってはなりませんよ」
ハリがそう言っている。
そのままの意味で、ルーフの肉体には右側の足が失われていた。
だがすでにルーフは、その現実を日常の一部として受け入れている。
問題は肉の喪失ではなく道具、車椅子が行方不明になっていることだった。
「あれ、は……どこに──」
言いかけたところで、ルーフはすぐに思考を新しい事実に追い付かせていた。
ルーフが答えを実際に言葉にしようとした。
だがそれよりも早くに、ハリがすでに知っている情報を呟いている。
「おや? 今日から義足の、で、でもんすとれーしょんを、するのではないですか?」
ハリが、どうにも使いこなせていない横文字を使用している。
魔法使いが、謎に楽しそうな声音で事実を伝えている。
彼がそう言っている。
その通りに、今日からルーフは別の方法で歩く必要を求められていた。
「うう……、何か変な気分だ……」
寝室からリビングに移動している。
ルーフは椅子の上で、新しく手に入れた道具に戸惑っていた。
「ほうほう、これがウワサの……──」
困惑しきっている、ルーフにハリが笑みを向けていた。
「モアさんの肢体から直接もぎ取ったばかりの、ルーフ君の新しい右足になるんですね」
「やめてくれねぇかな、その言い方」
ハリの直接的すぎる表現に、ルーフが小さな拒絶感を示している。
だが魔法使いは少年の言葉をまともに聞き入れることをせずに、ただひたすらに義足へ強い関心を表していた。
彼と少年が見つめている。
ルーフの右足半分、そこにはまだ新品の気配を大量に残している義足が用意されていた。
それはモアという少女、……姿をした自動人形の一部分から、確かにそのままの切り取ったものだった。
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