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あなたの詩を綴るためのペンをにぎりしめる

 少しだけおどけたそぶりを作る。

 キンシはしかしてすぐに様子を、言葉の雰囲気を別のものに変えていた。


「でも……、この呪いとともに生活をするようになって、もうどのくらいが経過したのでしょうね」


 誰かに問いかけるように、視線を遠くのほうに向けている。

 メイは少女の、新緑のように明るい緑色をした瞳が指し示す方向をゆっくりと追いかけるようにしている。


 移動させた視線の先、そこには魔法使いが居住空間としている室内しか見えない。

 地下列車をそのままコピーして貼り付けたかのような、列車内と同じ造形をしている室内。


 そこにはキンシとメイ、そしてトゥーイの体から発せられる呼吸音だけが響き、重なり合っていた。


 キンシが問いかけるようにした、言葉にトゥーイが機械的な音声で返事をよこしている。


「呪い、それらに該当する症状にらかんした、経過、履歴を検索しますか?」


「いや、いいや? しなくて結構ですよ」


 トゥーイからの提案に、キンシが慌てたように拒否の意を表明していた。


「そんな、いまさら月日の経過なんて知りたくもないですし」


「あら、そうなの?」


 キンシの拒絶に対して、メイが少しだけ意外そうにしていた。


「知りたがりのキンシちゃんにしては、ちょっとめずらしいわね」


 幼い魔女が驚きを口にしている。

 彼女のリアクションに、キンシがどことなく気まずそうに頭を掻いていた。


「自分の黒歴史を、こんなところで、よりにもよって怪我をしたあとに聞かされるなんて。いったいぜんたい、どこの国の拷問なんですか……」


 冗談じゃない。

 実際に言葉にせずとも、キンシの様子からしてあからさまにその意味合いを持った拒否が察せられた。


 しかして、メイは己の内側にいかにも魔女的な、一種の邪悪さを帯びた欲求が動作をしかけていることを自覚する。


「かくすこと、ないじゃない?」


 問いかけるように、うかがい知るかのように、メイは下手に出るような動作で検索を継続させていた。


「私は、キンシちゃんがどうして、こんなにもおおきな「呪い」? を受けるようになったのか、気になるわよ」


 個人的な欲求を隠そうともしない。

 メイは直接答えを探し求めるかのように、その白く細い指をキンシの左腕あたりにすべらせている。


「お嬢さん……」


 幼い体の魔女が関心を持っている。

 自分に関する情報を検索されている。


 キンシはそのことに不快感を覚えようとした。

 だが実際に感情が形を得るよりも先に、キンシの体は自らの皮膚に触れる魔女の感触に注目をしてしまっている。


 縫い合わせたばかりの傷口にそっと触れている。

「呪い」の効果もあって、損傷に分かりやすく痛みを感じることはなかった。


 その代わりに、その部分に存在しているのはただ触れられている、魔女の少しだけ伸びた爪の先端によるかすかな圧迫感だけだった。


 魔女がキンシを見ている。

 椿の花弁のように鮮やかな紅色をした、視線を受け止めたキンシがやがて観念をしたようにため息を一つ、深く吐き出していた。


「それでも、やはり特別なことなんてなにも無いんですよ」


 何度目かの前置きをひとつ、キンシは自分に起きた過去の出来事についてを思い出している。


「お父様も、魔法使いだったの?」


 メイが問いかけている、内容にキンシが同意を返していた。


「ええ。先代のキンシは、それはもうなかなかに、優れた魔法使いでしたよ」


「キンシ」の事についてを語っている。


「えっと、それはあなたとは別のキンシさん……、ということになるのかしら?」


 メイが混乱をできるだけ避けるために、目の前にいる少女に向けて確認を重ね合わせている。


 魔女が問いかけた、キンシを名乗る少女はそれに直接的な返事を寄越すことはしなかった。


「キンシは……家族を、つまりは僕を養うために日々仕事に明け暮れておりました」


 自分とは違う、自分と同じ名前をもつ魔法使いについてを語っている。


「……それがある日、キンシは自分の力では怪物を殺すことが不可能になったのです。だから……──」


 ある程度のところまで語ったところで、キンシという名の少女はは寝床からすっくと立ち上がっていた。


「キンシさんを助けるために、僕がキンシの名を継いで新たなるキンシとなったのです」


 高らかに宣言をするように、キンシとという名前の魔法使いが自己紹介をし終えている。


「その際に、僕も「呪い」を体に受けてキンシ……、先代と同じく魔法使いになったんですよ」


 そこまで言い終えた後で、キンシはいくらかスッキリとした表情を作ってみせていた。


「いやはや! それにしても、こうして自分のことを話すのは、とても、とてつもなく緊張しますね」


 かなり無理矢理に話題を終わらせようとしている。

 メイが、あるいはこの空間に存在している人間の幾つかが、覚えた違和感に追及の手を伸ばそうとした。


 だが実際に言葉を発するよりも先に、キンシはすでに別のことを考えようとしていた。


「さあ、そんなことよりも、明日のために今日はもう寝てしまいましょう!」


 言い終えた後で、キンシは息を大きく吸い込みながら、その体を再び寝床の中へと沈み混ませていた。


  一方その頃少年は、ハリという名前の魔法使いに椅子ごと蹴り飛ばされていた。


「あぶなーい! ルーフ君!!」


 ハリが少年の名を叫びながら、振り上げた右の足にて彼の体を蹴り殴っている。 

 見事なまでのハイキックであった、ハリの足はルーフの体を乗せていた椅子をゆうに一メートルは飛ばしていた。


 椅子が破壊される音が響き渡る。

 アスファルトの上に転倒するルーフは、破壊の音色を耳に聞いていた。


 パラパラと、破片がルーフの左頬に小衝突する。

 椅子だったものの破片たちが、流星群のようにルーフへと降り注ぐ。


 どうしてこんな状況になったのか、ルーフは地面の上で身を起こしながら記憶の再検索を行っている。




 確か、朝一にルーフのスマートフォンにこんな通知があった。


[至急来られたし! 怪物の気配あるし!! サボタージュは許すまじ!!!]


 文面をそのまま引用すると、こんな具合になる。

 もれなくハリから送信されたであろう、ルーフは要求の内容を一応確認しようとしていた。


 それは例えば通知内容に返信を送ること。

 文面、あるいはスマホの通話機能を使用して確認をとること。


 そうすることも、当然ながらルーフの考えうる選択肢ではあった。


 しかし結論を語るとして、選ぼうとした、考えたそのどれもが現実に実行されなかった。


 何故ならば、ルーフが寝床で通知を確認すると同時に、彼の頭上からハリの声が振り落とされていたからだった。


「おはよーございます! おはいよござます!!」


「わああッ?!」


 まさに同タイミング、間髪いれずとはこの事を形容するに違いない。


 ハリの、魔法使いの挨拶に鼓膜を震動させながら、ルーフの冷静さがどうにも見当の外れた見解を導きだしていた。


「日はもう高らかなる上昇を開始しておりますよ、ルーフ君」


 ルーフが眠っていたベッドの上半分、頭部を横たえる方、そのフレーム部分にハリは足を着けていた。


 とても成人済みの野郎一人を、支えるに耐え得る造形がされていない場所。


 そんな場所に、ハリはさも当たり前かのように体を預けている。

 どうせ魔法か何かしらで、自分の体重をテディベア一つよりも軽くしているに違いない。


 早々に見当を着けた、ルーフは可能な限り平静さを装った態度にて、魔法使いの用事を問い質していた。


「おはようございます……」


 まずは挨拶を一つ。

 いついかなる時であっても、たとえどんな関係性であったとしても、挨拶を欠いてはならぬ。


 ……と、そう少年に教えたのは、たしか彼の祖父の言葉、だったように思われる。


 ともあれ、ルーフは他人の言葉に身を委ねるようにして、ベッドから体を起こす理由を見いだしていた。


「それで? 何のようだよ」


 質問としての(てい)を作りながら、しかしてルーフはすでに魔法使いの用件について、ある程度の目処を着けていた。


「あー……いや、スマホに書いてあること、なんだよな?」


 ルーフが低い声音で確認をしている。

 少年の言葉に対して、ハリは軽快なる様子で同意を示していた。


「ええ、今しがた送信した内容で、なんら不備はございません」


「…………。じゃあ、フツーに直接言えばよかったんじゃ……」


 ちゃんとした、もっともらしい反論も、考えなくはなかった。

 だが、やはり同時にルーフは主張の不必要さを先んじて体感させられていた。


「ともかく、だ。何であんたがここにいるんだよ」


 ルーフはハリに、ともかく居所の理由についてだけを追及した。

 少年から問いかけられた、ハリは気軽な様子で事情を説明している。


「お仕事のお誘いに来たのですよ。玄関からお邪魔をして、まずは王様の惰眠っぷりを拝もうと思いまして」


 ハリは一つずつ事柄を片付けるように、ここまで至った経緯をルーフに語っている。


「どうですか? 王様。昨日の(よい)はぐっすりと眠れましたか?」


「……ああ、目覚め以外はばっちり、きちんとした睡眠だったぜ」


 ルーフの皮肉を聞き入れたかどうか、素振りらしい様子も見せないままに、ハリは勝手に自分の話題をおし進めていた。


「まあ、君が不眠だろうが仮眠だろうが、そんなのはどっちだっていいんですよ、どうでもいいんですよ」


 どうでもいいのならば、どうして朝っぱらからこんなとんでもない登場を選んだのだろう?

 ルーフは強く疑問に思った、しかしあえてそれを言葉の上に変換させなかった。


 とにもかくにもこの状況を構成する理由、その要素足りえる情報を一つでも多く仕入れたかった。


「とりあえず、俺の頭上からどいてくれないか? そんなところに座ってられると、落ちつかねえよ」


「おお、それはそうですね」


 ルーフに指摘をされた、ハリはまるで初めて違和感に気付いたかのように、体をベッドのフレームから移動させている。


 狭い、とてつもなく狭い足場のままで、その場にすっくと立ち上がる。

 ルーフはハリの姿をベッドの上であおむけになったまま、ちょうど真下にあたる部分から見上げている。


 ハリはフレームの上をひょいひょいと器用に、逸脱したバランス感覚で歩いている。

 

 ぴょん、とベッドの上から体を降ろす。

 ルーフの使用している寝室の床に体を安定させる。


 魔法を解除した、ハリの体は本来の重さを取り戻していた。

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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