振り回される憂鬱たちのギターソロ
簡素なる縫合手術は、トゥーイの手際の良さもあってものの十分もかからずに終わっていた。
縫い合わされた、傷口はとりあえず中身をこぼさない程度の結合を取り戻していた。
「ふぃー、これで走った時にうっかり腕がちぎれ落ちる心配をせずに済みますね」
寝床の上で体を起こしながら、キンシが冗談めかしたような台詞を口先に用意している。
電車の座席部分をそのまま寝所として利用している、そこに腰かけるようにして、キンシは姿勢を整えている。
「腕がちぎれるだなんて、笑えないわ」
魔法使いの冗談に、メイが苦いものを口に入れてしまったかのような反応を見せている。
彼女としてはあのまま少女の体に欠損が発生してしまうのではないか、正直なところ気が気でなかったらしい。
幼い魔女が心配をしている。
それをキンシはさらりと受け流すように、曖昧な笑みだけを返していた。
「そんなに真剣に心配をなさる必要もございません。なんてったって、僕は「魔法使い」なんですから」
まるでその事実さえあれば何の問題も無いと言うかのように、キンシは繋ぎ合わせたばかりの腕を軽く上に掲げている。
「それなら、それでいいのだけれど……」
メイが、全てを丸ごととまでは行かずとも、それなりの納得を口の中へ溶けかけの飴玉のように転がしている。
幼い魔女が簡単な納得を舌の上でコロコロといじくっている。
訪れた沈黙の合間を縫うようにして、次はキンシの方が彼女に問いを投げかけていた。
「ところで、シグレさんのところでどこまで、の話を聞いたのでしょうか?」
状況に自然と流されそうになっていた話題を掘り返された。
メイはそのこと自体には特に拒絶を覚えることなく、またただ単に知り得た情報だけを簡素に伝え直していた。
「そうですか……」
シグレを介してメイに知られた自己の過去を、キンシはぬるくなったココアを噛みしめるように、体の内側へ受け入れている。
「そんなことも、ありましたっけね」
まるで全部を知り得ているかのような口ぶりに、メイは違和感と同時に少しの笑みを口元へ浮かべている。
「でも、なんだかキンシちゃんにお父さまがいるだなんて、ふしぎなかんかくだわ」
「それって、どういう意味ですか?」
「だって……」
魔法使いの少女に追及をされた、メイはすぐに返事を寄越すことを少しためらっていた。
「だって、なんだかあなたって、まるでこの世界にとつぜん、なんのまえぶれもなくうまれて落ちてきて……そのまま今日をむかえたかのような、そんな感じがするもの」
メイの抱いていた感覚に、キンシは突拍子もない夢物語を聞かされたかのような反応をしていた。
「そんな、人を謎の超生命体のように思ってたんですか」
「ううん、どっちかっていうと単細胞生物のほうがちかいわね」
幼い魔女の思いもよらなかった思い込みに、キンシは思わず笑みをこぼしそうになっている。
だが笑いで体を揺らすと、忘れかけていた痛みがキンシの内側から神経細胞を刺激していた。
「いたた……、変に動くとやっぱり別の傷が痛みますね……」
メイはてっきり左腕の損傷のことを言っているのかと、最初だけそう思いかけた。
だがすぐに、キンシの様子から少女が別の切り傷についてを話していることに気付かされていた。
「特に見てくださいよ、顔の傷! なかなかにヒドいと思いませんかね?」
「そ、そうね」
損傷具合をまざまざと見せつけられたところで、メイは果たしてどのような反応を返すべきか戸惑うばかりであった。
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