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日はまだ石のように動かないだろう

 顔面の半分以上を血で真っ赤に染めながら、それでもキンシの戦闘欲求が削がれることはなかった。

 文句や不安をこぼすどころか、キンシは痛みの中で自らの存在価値を見出しているようだった。


 地面を強く踏みしめる、両の目をかっぴらいて、敵の正体を探ろうとする。

 視界、眼球に見えるすべてを利用しようとする。


 見えているモノ、キンシの左目、赤い琥珀の義眼が敵の正体を捉えていた。

 

(見つけた……っ!)


 見出した、それは小さな小魚のような姿をしていた。

 だが普通の魚とは大きく異なっている。

 それらは普通のウロコではなく、金属の薄板を何枚も重ね合せた表面を持っていた。


 「鬼の洗濯板」と呼称される地名が存在している、ちょうどそれを極小にしたもののような表面。

 大根をあてがえば、粉雪のような大根おろしが作成できそうな、そんな表皮に包まれいていた。


「なるほど、あれにぶつかったら人間さんの皮膚なんて、イチコロですね……」


 キンシは自らの頬を赤く染め上げた硬さの正体を把握している。

 魔法使いの少女が冷静に分析を行っている、その間にトゥーイが彼女の元に接近を果たしていた。


「先生」


 トゥーイが首元に巻き付けた音声補助装置にて、電子的な音色の中でキンシのことを対象とする呼び名を使用している。


 トゥーイはキンシと背中を合わせるような体制を作り、彼女の同じように現れた敵の正体を探り当てていた。


 青年の明るい紫色をした瞳が、虚空を泳ぎ回る怪物の群れを把握している。


「…………」

 

 トゥーイは目測で手早く怪物の合計を計算している、コバエのように素早く動くそれらを数え終えている。

 金属のウロコを持つ、魚は合計九匹の群体を成していた。


「敵数……九」


 トゥーイからの報告を、キンシは首を小さくかしげながら聞き入れていた。


「そんな数、いったいどこから現れたのでしょうか?」


 数の多さについての不満というよりかは、キンシは怪物たちが何処から出現したのかについてを疑問に思っているようだった。


 少女が疑問を抱いている、それに答えを返しているのはシイニの姿であった。


「それはもちろん、手前が呼び出したから空間から現れたんだよ」


 子供用自転車の姿をしている、彼は特に疑問を抱く様子もないままに、ただ彼にって当たり前の事実だけを魔法使いらに説明している。


「これは多分爪だね、一本だけ少ないのは……ほら……」


 説明の途中にて、シイニが自転車の体から微かな光を発生させた。

 と思えば、彼はおもむろに自らの肉体から右腕の一本を発現させている。


 男性一人分の腕が一本、自転車のすぐそばに存在している。

 

「あら……?」


 ちょうどシイニの近くにたたずんでいた、メイがある事に気づいていた。


「爪が、ないわね」


 幼い魔女が指摘をしているとおり、シイニの右腕には親指以外の爪が生えていなかった。

 まるで根元からピンセットで抜いた後に、キレイさっぱりと洗浄したかのような、詰めが生えていないという事実だけが彼の指先に確認できていた。


「手前の爪をこの場所に召喚させていただきました」


 状況に対する事実を説明している。

 彼の供述に疑問を抱いているのは、戦闘の場面に参加していないメイの声であった。


「じぶんのからだのいちぶを、よぶなんて……。なんでそんなことを……?」


 幼い魔女が疑問に思う、それに対してシイニは平然とした様子で答えるだけだった。


「もちろん、体を全部揃えないと……手前のようなものがお屋敷に変えるわけにもいきませんからね」


 何故か恥ずかしそうにしているシイニに、メイはどこか信じられないものを見るかのような視線を送っていた。


「よく分からないけど、依頼ないようのついかってことなら、やっぱりあの子たちのどういを……」


 そう言いかけた所で、しかしてメイはすぐに考えをあらためていた。


「……ううん、あの子たちにそれはひつよう無いかしらね」


 戦うための理由を求めるか、そうでないか、メイはすぐに考えのなかへ答えを導き出していた。

 魔法使いらにしてみれば、戦う相手が向こうから訪れてくれることの方こそ、喜ばしいことのはずだった。


 現にキンシはこの状況に疑問を抱くよりも、全身へ喜びに近しい輝きを灯らせていた。


「頼まれたのならば、それで報酬をくださるというのならば! 僕は魔法使いとして戦ってみせましょう」


 金属質な魚の群れに囲まれながら、キンシは高らかに宣言をするようにしている。

 言葉を発しながら、左腕に握りしめていたペンの一振りを空中にかざしていた。


 少しの魔法を与えられた、ペンがその形質を変化させている。

 手の平に包み込める程度のものが、折り畳み傘ぐらいの大きさに変化させられている。


 魔法の武器を用意しながら、キンシは自分たちを取り囲む金属の魚たちに向かって足を運ぼうとしていた。


 まずもって前進あるのみ、そう考えていたのだろう。

 だが少女が実際に行動を起こそうとした、その一歩手前でトゥーイが彼女の動きを右腕で制していた。


「先生」


 トゥーイはキンシのことを呼びながら、無言の中で彼女の行動を止めている。

 青年の紫色の瞳と、少女の緑色をした右目がしばらくの間視線を触れ合せていた。 


  トゥーイとキンシが密なるやり取りを交わしている。

 トゥーイがキンシに顔を、唇を寄せている。


「…………」


 呼吸の気配を感じられるほどに、青年の唇が肌に接近する。

 血液のにおい、汗、脂の気配を鼻腔に把握できるほどに少女と近付く。


 トゥーイが言葉を発する、それはおよそ人間のそれとは思えない言語体系によるものだった。

 異なる言語、この空間において限定した場合、おそらくはキンシと数限りない人間にしか通用しない言葉の数々。


 それを耳に受け止めた、キンシが頭部に生えている子猫のような聴覚器官をピクリ、と動かしている。


「……それでは、決定的な要素に欠けてしまいますよ」


 トゥーイからの提案を、キンシは静かに拒否していた。

 キンシとしては、もっと分かりやすい結果を求めているらしかった。


「それでは、あまりにも普通すぎます」


 そう言い残して、キンシは足を一歩前に踏み出していた。

 怪物の群れ、金属のウロコを持つ魚たちの大群に近づく。


 顔面、顔の左半分から血の雫を垂らしている。

 血液の匂い、塩分の香り。

 脂の気配を察知した怪物の一匹、全部で九匹いるうちの一つが彼女の接近に意識を働きかけていた。


 血を流している獲物が射程範囲内に侵入してきた、怪物の群れの一つが肉と骨の塊に攻撃をしかけている。


 空気を鋭く切り裂く、ヒュウッと言う音色が空間に鳴り響いた。

 キンシの顔面に再びの衝撃が走る。


 次にまぶたを開いたとき、キンシは左頬に新たな熱がこぼれ落ちていくのを感じ取っていた。

 新しい切り傷が生まれている、水晶の輝きが混入する肌の上に、血液の粘度がトロリトロリと小さな流れを生み出し続けている。


 怪物の攻撃はまだ止まらなかった。

 キンシが、少女が顔面の衝撃にうろたえている、その間に怪物の群れは彼女の左腕に攻撃を集中させていた。


 金属のウロコに包まれた、怪物たちの胴体が豪雨のように少女の左腕に襲いかかっている。

 密集する金属の塊に、少女の左腕はナイフの斬撃を食らわされたかのような被害を増幅させていた。


「……!」


 少女の血液が増えるごとに、その近くで同じく怪物と対峙しているトゥーイが固く息を飲む気配が空気をかすかに振動させている。


 青年が心配をしている。

 それをよそにキンシの方はあくまでも怪物のことだけを見ている、怪物との戦いにおいてのみ、その意識を捧げているようだった。


「……」


 焦る青年の息遣いと相対を為すかのように、キンシの呼吸は落ち着きはらったものでしかなかった。

 敵の居どころを探るために、左目の赤い義眼へと集中力を注いでいる。


 ヒュウヒュウと、風が裂かれる音が連続する。

 やがて音が遠く離れていく、必要のない情報がキンシの脳内から排除される。


 まぶたを閉じる、その瞬間にキンシは敵の居どころを一つ、ただ一つだけ把握していた。


 キンシが足を踏みしめる、前へと進む。

 そうすることによって、左腕に食い込んでいた魚の鱗がさらに深く、もっと深くキンシの腕へと浸食していた。


 刃のように固い鱗が肉に沈む、皮を断絶して、皮下組織が食い破られる。

 黄色い脂肪の粒をかき分け、刃はやがて肉の下に埋まる白い骨へと到達する。


 カツリ、と硬い物同士がぶつかり合う音色が腕を伝い、首元を通り抜けてキンシの脳みそに届けられる。


 左腕が現状、使い物にならなくなった。

 だがキンシは全身における前進を止めようとはしなかった、それよりも掴むべき対象を、左目の義眼が捕らえていたからだった。


 キンシは身体を大きく動かす、腕を使わずに下半身だけでバランスを作る。

 左足を基軸にし、右の脚部を激しく上に炸裂させる。


 黒いニーソックスに包まれた右足が、その表面が硬い怪物の表面を捕らえていた。

 脚部に感じ取った硬さを、キンシは逃そうとしなかった。


 キックによって与えられた衝撃に怪物がうろたえている、その間にキンシは攻撃を続行させていた。


 怪物の一匹がキンシの蹴りによって破壊された。

 少女はそのままステップを続け、振り上げた踵で怪物の一匹を踏み潰していた。


 ガシャン、金具を落としてしまったかのような崩壊音が鳴り響く。


 全部で九匹いるうちの一匹が、キンシの攻撃によって破壊されていた。


「一つ処理、ですね……」


 それだけのことを言うと、キンシは前進させたままの格好で体の緊張感を解いてしまっていた。

 まだ怪物の群れは解けきっていないというのに、キンシは自らの集中力の継続に信じがたい感想を抱いていた。


「…………」


 倒れそうになっているキンシの体を支えるために、トゥーイが少女の胴体に腕をまわしていた。

 

「おやおや、もう限界が来てしまったか」


 魔法使いたちのやりとりを見ていた、シイニが子供用自転車の姿で鈴をチリン、と鳴らしていた。

 

「思ったよりも早かったな」


「……ずいぶんとよゆうなのね」


 シイニの様子にメイが疑問を抱いていた。

 幼い魔女が疑いの目線を送っている、それに反応してシイニが彼女に提案をひとつ、伝えていた。


「ここはやはり、君にも戦闘に参加してもらうべきなんだろうな」

こんばんは。ご覧になってくださり、ありがとうございます!

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