その文字列に鼓動を味わっておこう
「あれ? 言ってなかったっけ?」
小銭一枚ぶんだけ忘れてしまったかのような、そんな気軽さでシイニが事実を一つ打ち明けている。
「手前はこの封印、その気になればいつだって、どこでだって解くことが出来るのですよ」
シイニは子供用自転車の姿を大半として、そのほんの一部分だけ封印を解除していた。
ちょうど前輪と本体を支える、繋ぎ目の辺りから男性の腕が一本ほど生えてきている。
シイニは生やした腕の先端、指の間に本を一冊握りしめていた。
空中から唐突に生えてきているように見える、右腕はかなり自由がきくようであった。
シイニの様子を見た、キンシがため息混じりに文句を呟いている。
「それならそれで、変身するなら先になにか言ってくださいよ……」
あるはずの無い場所から、人間の右腕が登場してきた。
光景に対して、キンシはまだまだ驚愕をやり過ごせていないようだった。
動悸する心臓を押さえ込むようにして、キンシは左の指で胸の辺りをさすっている。
膨らみの少ない表面を、指の腹が小さく上下をしている。
動作を二回繰り返した、そのところでキンシは思いを巡らせた。
「ですが、そうなるとますます、この先に貴方をお招きする、ことの……危険性が、増えてしまいますね……」
雨粒のような、不安定なリズムにてキンシはシイニに対する危機感を主張している。
だがもう引き返すつもりも、魔法少女には用意されてはいないようだった。
「他の誰かに見てもらうことで、もしかしたら問題が解決する、かもしれない。ですよね?」
キンシはそれだけのことを言うと、トゥーイの方に視線を送っていた。
「…………」
少女に問いかけられた、しかしてトゥーイはそれに明確な答えを返そうとはしなかった。
やがて書庫の終わりが見えてきた。
そこは円柱の中身をくりぬいたかのような空間が広がっていた。
ぐるりと取り囲む壁には、やはり本と思わしき物体がところ狭しと詰め込まれている。
「水」のような魔力エネルギーと、怪物の肉を使用して作られた書籍の数々。
それらに取り囲まれるように、中心にてその道具は据え置かれていた。
「あれは……」
道具の存在を視界に確認した、シイニがまずもって率直なる感想を口にしている。
「巨大な、機織り機? のように見えるが……」
予想を言葉にしている。
しかし声を発した時点にて、シイニはすでに自身の想像が間違っていることをそれとなく把握していた。
「いや、違うな……。あれは、ただの入力装置、パソコンと同じだ」
シイニは誰かに言い聞かせるかのように、言葉を一つずつ丁寧に発音している。
もしかすると、彼は他でもない自分自身に納得を与えるがために、そうしていたのかもしれない。
自転車の彼が言葉を意識的に使用している。
彼が見ている先で、キンシはなんの迷いもためらいもなく、その道具に体を預けていた。
「よっこいしょ」
椅子を引いて腰を落ち着かせる。
座った、その次にキンシは早くも上半身をほぐすための簡単な運動をしている。
「んー、んんん……」
肩の関節から指先、十本あるそれぞれを細やかにうごめかせる。
その後でキンシは指先を道具、その入力装置に密着させていた。
カタカタ、カタカタ。
カタカタ、カタカタ。
入力装置が指と衝突する、それが連続する、かすかな音色が空間を震動させていた。
しばらくの間、無言のひとときが続いた。
「……えーっと?」
二分ほど経過した辺りで、シイニが堪えきれないように声を発していた。
「そちらは、今、いったい何をなさっておられるんで?」
自転車の姿、正しくは一部分だけ人間に戻っている。
シイニは右の指を置き所なく、ただ虚空に漂わせていた。
彼に質問をされた。
メイは他に答える対象も考えられないだろうと、半分仕方なしといった様子で疑問に答えていた。
「あれで、キンシちゃんにとっての魔法がつくられているのよ」
「と、言いますと?」
「言葉をつなげると、なにができるかしら?」
質問に質問で返されてしまった。
だがシイニはそれに関して特に気にとめることをしない。
彼はいたって真面目そうな態度のなかで、幼い魔女の質問に答えようとしていた。
「そりゃあ、文章ができるから、こうして会話もできているんじゃないかね」
なにを今さら、こんなところで基本的な話をしているのだろう?
シイニは彼女の行動に疑問を抱きながら、しかしてまだ直接的な表現を使おうとはしなかった。
メイが、あらかじめ用意された空白に事実を埋め合わせていく。
「かれらの言葉をひだりめでよんで、それを私たちのしっている言葉にかきなおす。それが……」
「彼女の魔法、その源ということになるんかいな」
少し砕けた口調で要約をしている。
シイニはすでにメイから視線を逸らし、その右指を書架の一部へと伸ばしている。
「つまりは魔力の記憶を読み取って、それを言語に翻訳しているということになるんだろうか……」
メイから教えられたことを、シイニは自分なりの解釈で咀嚼している。
そうこうしているうちに、キンシの手元で変化が生まれ始めていた。
「ここをこうして、こうすれば……!」
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